慟哭の箱 9
もろもろの雑事を片付け、警察署をあとにするころには、もうすっかり夜だった。野上のもとにいる旭を乗せて、帰路につく。
ぐったりとしたシートに身体を沈めた旭は言葉を発せず、雨にぬれる夜の街を見つめている。清瀬も同じで、口を開くのが億劫だった。連日の疲れと、精神的なダメージが、言葉を奪う。
「…清瀬さん、」
呟くように囁いた旭の目は、夜の街を追っている。
「芽衣も一弥も涼太もみんな、俺のせいで不幸になったんですね」
そんなことを言うなと諭そうとしたが、何を言っても綺麗ごとになるのだと思い、清瀬は黙って聞く。
「幸福になれって…そんなのもう、無理だ…ひとを傷つけて生きてきた俺が、幸せになんて、もう…」
かすれた声が夜にとけていく。彼の心のうちのすべてを知っても、清瀬にできることは、そばでその言葉を受け止めることだけ。救いたい、助けたいなど、しょせん傲慢にすぎなかった。
疲れた、と久しぶりに感じた。燃え尽きたあとのような無力感。清瀬は帰ると、そのままベッドに倒れこんだ。眠りたかった。己の無力さを、一時でも夢に預けてしまいたかった。
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