慟哭の箱 9
夜が明けてすぐ、清瀬は芽衣を迎えに行った。芽衣が事件の重要参考人であることを考慮した清瀬の判断で、芽衣と旭は病院のロビーで再会を果たした。
旭は、記憶の半分以上を取り戻している。顔を見るなり涙をこぼし始めた彼女をそっと抱きしめ、旭は小さな声で謝った。ごめんね。そこに込められた意味を清瀬は知らない。出頭したいと申し出た芽衣に、一時間だけ与えた。今頃二人で、何を話しているだろう
別れの言葉を交わしているかもしれない。
清瀬は野上のもとを訪ね、これまでに会ったことを話した。彼女は視線を逸らさずに聞いていた。芽衣と旭を会わせよかったのか、そう不安を漏らす清瀬に。
「…イシュが言うのなら。そして須賀くん自身が望むのなら、よかったと思う」
野上は毅然と答えるのだった。それならば、清瀬も、もう迷うまい。
「清瀬さん、その武長という人は…」
「所在は掴んでいる」
絶対に罪を償わせる。それだけの材料をそろえなければいけない。
「秋田さんにも話します。事件は大きく動くでしょう」
「そう…」
やりきれない、というように野上は額に手を当てる。
「そっちも気がかりだけど…わたしは一弥が心配」
「…俺もです」
「憎むことが、蔑むことが、敵を排除することがあの子の存在理由なら、愛を知ることも、他人の温かさに触れることもできないのかな…」
明け方にイシュと交わした、夢のように儚い議論を思い出す。どうなれば救いになる?傷だらけの子どもたちは、それぞれが独立した感情を持ち、存在意義を持って箱の中で生きている。一弥に光は届くのだろうか。傷ついたまま、統合を果たして消えていくのだろうか。
「…時間だ。もう行かないと。また来ます」
「ええ」
言葉少なに別れた。どうすればいいのか、なにが最善なのか。答えのない問いに悩むのはあとだ。できることをする。清瀬は診察室をあとにした。