慟哭の箱 8
「裏に回って、こっそり中を覗きました。堂々と尋ねられなかったのは、旭のいまの生活を、過去を思い出させて壊すようなことをさせたくなかったからです」
静かな庭。花の匂いが溢れていて、豪奢な大理石が敷き詰められた一角にはプールが見えた。すごいなあと見惚れていた芽衣の耳に、悲鳴が届く。
旭の声だった。身体が硬直し、呼吸が止まるかと思った。
「テラスから、旭が転がるように飛び出してくるのが見えました」
旭だ、と喜ぶこともできなかった。旭は何かから逃げるように、つまづきながらこちらへ向かってきた。手を伸ばす。蒼白な顔が、涙に濡れているのが見えた。
たすけて、と言葉にならない声を聴いた。こちらに向けて、転んだ旭が手を伸ばす。たすけて、たすけて、たすけて!
声にならない慟哭を聴きながら、芽衣はその場に立ち尽くすしかない。これはなに?どうして旭は泣いているの?
旭が、突然口を閉じ、歪んでいた顔を無表情に変えた。旭の背後に、男が立っていた。男は旭の腕を掴むと立ち上がらせ、そのまま屋敷の中へと消えた。
「旭の目が…」
今でも忘れられない。虚無の瞳。何もない空を見つめるすべての感情を失ったその瞳から、涙だけが零れつづけていたことを。