慟哭の箱 8
ISH――イシュと呼ぶことにする―は、清瀬の印象では絶対的に正しい判断をすることができる立場であると思う。何があっても主人格である旭に忠実で、教師にも似たスタンスで他人格を見守っていた。彼の存在を、他人格は知らなかった。一弥でさえ。
芽衣との接触を進言したのもイシュであり、清瀬は指示通りに彼女と接触して旭の過去を知ったことになる。
「一弥はしばし、とどめ置くことにします。すごく動揺しているから、さっきみたいに周囲に危険を及ぼすかもしれない。あなたの中途半端な愛情のかけ方が、許せないようです」
的確に、ときに辛辣に、イシュは清瀬を諭したり責めたりするのだった。
中途半端、と言い切り、イシュはうかがうようにこちらを見つめる。
「中途半端か…」
「中途半端でしょう。あの子らは、根本的に、絶対的に、愛に飢えている。あなたは家族じゃない。憎い武長を殺してくれるわけでもない。それでいてそばにいて、優しい言葉でみんなを籠絡し、導こうとする」
「…そうかもしれない」
刑事であり、その範疇を超えることはできないから。子どもだ。一弥は。思い通りにならずに腹をたてている子ども。
「過去に発散できなかったわがままが、時を超えて顔をのぞかせているのかな。怒らないであげてください。いま、ようやく一弥は子どもに戻れているのだから」
そう言ってイシュは静かに笑うのだった。