慟哭の箱 8
託宣
「聞こえましたか。一弥の悲鳴が」
夜明けも近い薄暗い部屋の中で、清瀬は「彼」と向き合っている。
「ああ、聞いたよ」
「旭の力が、意思が強くなるのに反して、一弥の力が弱まっている。光と影ですよね」
この人格と初めて接触したのは、清瀬が実家から戻った真夜中のことだった。安堵して眠る彼のそばでうとうとしていた清瀬は、音もなく起き上がった「彼」の視線に気が付いた。
穏やかな目。旭とも真尋とも違う。はじめまして、と「彼」頭を下げた。「彼」は全人格の記憶を持ち、なおかつ唯一、旭が生まれたときからの記憶も有していた。これまで一弥の力が強く顕在化できなかったものの、旭がポジティブな意思を示したことによってこうして外部と接触できるようになったのだという。
「僕は全部を知っている。僕は絶対的に正しい」
このような人格を、自己救済人格、インナーセルフヘルパーと呼ぶのだと、野上に聞いた。インナーセルフヘルパー、頭文字をとってISH。DID患者の中のこの人格は、患者自身の良心や自我、理性と呼ばれる部分が人格を持ったものであり、これに接触することで治療が劇的に進むのだという。