慟哭の箱 6
潮騒
夜の寒い浜辺で、清瀬は一人夜空を見上げている。堤防に腰掛け、薄暗い街灯の下、潮騒を聞く。清瀬は昔から、つらいことがあるとここに来た。泣きたいとき、どうしようもない不安に襲われたとき。家を飛び出してここに来た。
(…こんな穏やかな気持ちで潮騒を聞くのは、初めてだ)
夜の海は、悲しみとともにあったはずなのに。波音が嫌なことも流してくれたら…そう願って聞いていた音。それがいまは穏やかな子守歌のように聞こえる。
「やっぱりここだったね」
「…梢!」
背後から声をかけられ振り返ると、梢が立っている。
「家に行ったら、父さんと母さんが教えてくれたの」
梢はそう言って、絶句する清瀬の隣に腰掛けた。
「…どうして、」
「お兄ちゃんが実家に戻るなんて、何か大きな決意があったんじゃないかって思ったの。心配でとんできちゃったよ。旦那も子どももほったらかしてね。そしたら父さんたち、でかけたぞっていうから来てみたの、海」
この妹には、本当にかなわないと思う。得意げに笑う梢に、清瀬は頭の下がる思いだった。
「…すまん、心配かけたな」
「いいの。だってお兄ちゃん、なんだかほっとした顔してる。うーん、寒いね、ここ」
薄着の梢に、母に借りたマフラーを外して巻いてやる。
「お兄ちゃん、昔からよくここにきてたね」
「そうだったなあ」
「おまえは帰れよって、よく怒られたっけなあ」
懐かしい。清瀬は目を細める。