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怪人と 1度もおまえに呼ばれなかった

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6 シャンデリア



とにもかくにも
『ファウスト』の夜

今夜くらい
機嫌を直して
弟子の舞台を
この目で見よう

マルガレーテの
声でも聞けば
気も晴れよう

無理やり
自分に
そう言い聞かせて

天井裏の
シャンデリア脇の
梁のすき間に
腰を下ろした

5番桟敷も
悪くはないが

マルガレーテの
アリアを聴くのに
この梁の
すき間に勝る
場所はない

あの甲高い
独唱を
歌い上げるとき
おまえの瞳は

知ってか知らずか
客席頭上の
このシャンデリアを
ひたと見据える

煌々と
おまえを照らす
この光源の
陰の闇こそ

怪人だけに
許された
天上の特等席

この暗闇に
陣取って

おまえを照らす
光とともに

可愛い弟子の
瞳に 声に

ブラボーを叫び
万雷の
拍手を送る

その恍惚を
今か今かと
待ちわびたのに

登場してきた
マルガレーテは

どう見ても
長年見飽きた
古株の
年増女で

遠目に
我が目を疑った


(2)

“以後
『ファウスト』の
マルガレーテは
クリスティーヌ嬢が
務める”と

栄えある
デビューの
はなむけに

怪人の名で
しかと名指しで
念押したのに

新顔の
オツムの弱い
支配人は

年季の入った
プリマドンナに
頭上がらず
クビにも出来ず

こともあろうに
おまえが
2番手

冗談じゃない

脇役の
おまえが見たくて
ここに
陣取った
わけじゃない

マルガレーテが
おまえではない
『ファウスト』など
一幕だって
見る気もない

梁のすき間で
地団太踏んだ

興が覚めたを
通りこして
はらわたが
煮えくり返った

上等だ

そこまで
けんかを
売る気なら

私だって
容赦はしない

それでなくても
墓場以来
積もり積もった
この鬱憤

ちょうどいい
今宵この場で
晴らしてくれよう

さあ
満場の
紳士淑女の
皆々様よ
お立合い

こんな陳腐な
オペラより

はるかに
スリル溢れる
ショーを

たった今から
我が演出で
お目にかけよう

しかと頭上に
ご注目あれ

私の自慢の
歌姫を
照らしたかった
このシャンデリア

見上げた者が
みな息をのむ
絢爛豪華な
この照明も

無数のガラスを
散りばめた
元は巨大な
銅の塊

重さ7トン
直径およそ
8メートル

芯棒は
劣化もしよう

その重量に
耐えかねて
いつの日か
ちぎれもしよう

その日が
もしも
今日だったら?

こともあろうに
今だったら?

幸か不幸か
私の予言は
外れたためしが
ないときている

あな不思議

風もないのに
大シャンデリアが
右に左に
ブランコさながら
揺れだした

つられて
太い芯棒が
痛そうな声で
軋みに軋んで
悲鳴を上げる

おお誰か!

一刻も早く
揺れを止めねば

遅かれ早かれ
巨大な凶器が
空を飛ぶ!

天井裏の
この怪人の
警告むなしく
時は来たりて

地響き
轟音

落下
炸裂
大砂塵

暗闇と
劇場じゅうの
阿鼻叫喚

オペラ座自慢の
シャンデリアは

血みどろの
客席の上で

あっけなく
木端微塵と
なり果てた

怪人に
けんかを売るなど
不届き千万

我が逆鱗に
触れた罰だと
思い知れ

恨むなら

私ではなく
オツムの弱い
あの支配人を
恨むがいい

それでも
今宵の
『ファウスト』よりは

はるかにましな
見世物だったと
思うのだが

いかがかな?