怪人と 1度もおまえに呼ばれなかった
5 父親の十八番
墓では
すべてが
うまく運んだ
それなのに
帰りはひどく
憂鬱だった
凍てつく墓地で
父親の
まだ新しい
墓石の前で
若造は
必死だった
おまえの両手を
握りしめ
天使なんて
まやかしだと
怪人の
催眠術に
かかってるんだと
抱きしめて
肩までゆすって
涙ながらに
繰り返しても
おまえは全く
素っ気なかった
今後一切
近づかないでと
顔を背けて
釘を刺されて
若造は
泣き崩れた
少々離れた
塔の窓から
一部始終を
見物したが
気分は
まったく
晴れなかった
若い2人の
愁嘆場に
遠くから
奏でてやった
『ラザレの復活』
ヴァイオリンの
名手と鳴らした
父親の
その十八番だった
オラトリオ
弦の調べを
一節聞くなり
呆然として
その弦の音の
出所を
虚ろな瞳で
探しかけて
すぐ諦めて
「本物なのね」
天を仰いで
おまえが小さく
つぶやいた
父親の
教えてもない
十八番の曲を
知るのみならず
苦もなく
弾いてみせるのだ
それこそ
何より
天使の証拠
正真正銘
天使が天使で
ある所以
おまえは
納得したはずだ
私は
密かに
ほくそ笑んだよ
怪訝な顔で
耳すましてた
傷心の
奴には
ちんぷんかんぷんなのも
傑作だった
なのに
何かが
違ってた
弟子の
全幅の信頼を
また
もう一度
勝ち取ったのに
それでも
全く
気は晴れなかった
声だけの
天使はいつも
遠いのだ
おまえと私は
遠すぎる
声だけの
天使は決して
おまえの前に
立つことはない
声だけの
天使は決して
おまえの
手を取る
こともない
何物にも
代えがたいほど
誇らしくても
愛おしくても
声だけの
異形の天使は
未来永劫
おまえに触れる
ことはない
奴は
おまえの
前に立つのに!
奴は
おまえの
手を握るのに!
容姿風貌
非の打ちどころの
ない若造は
素っ気なくても
つれなくされても
おまえを胸に
抱きしめるのに!
人並みの
眼鼻口さえ
持たない無念が
耐えがたかった
生まれてこの方
嫌と言うほど
味わわされて
きたはずなのに
耐えがたかった
作品名:怪人と 1度もおまえに呼ばれなかった 作家名:懐拳