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怪人と 1度もおまえに呼ばれなかった

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4 裏切ってなどいません



数日 歌を
教えなかった

おまえが
泣こうが
赦しを乞おうが

鏡の裏で
果てしなく
だんまりを
決め込んだ

そして今日

楽屋のドアの
止まないノックに
癇癪玉が
破裂した

「たとえ可愛い
弟子であっても

誓いを破れば
許さない

三月前
私はおまえに
言ったはず

歌姫に
なりたかったら
色恋沙汰は
ご法度だと

死ぬまで歌に
生きると誓えと
言ったはず

そして
おまえは
誓ったはず

忘れてたとは
言わせない

歌にその身を
捧げる以上

忠誠を誓い
崇拝すべきは

音楽の
天使のほかには
いないはず

だとしたら

あの耳障りな
ノックのわけを
今すぐ説明
してもらいたい」

大人げもなく
高ぶって

中性的な
天使の声には
ほど遠かった

いつもと違うと
感づかれては
厄介なのにと

内心
冷や汗ものだった

「歌姫の
あのお披露目と
前後して

ノックの主の
若造が
初めておまえに
気がついたこと

以来おまえが
歌う日は
欠かすことなく
ボックス席に
陣取ること

花だ
菓子だと
あの手この手で
楽屋をうろつき
食事に誘い

素っ気ない
おまえの耳に

10年も前の
ままごとの恋の
思い出話を
涙ながらに
繰り返すこと

そして
何より

素っ気なく
振る舞ってみせる
おまえが実は

心の底では
今でも奴に
ぞっこんなこと

この私が
知らないとでも
思ったか?

悪いが
すべて
お見通しだ

天使に向かって
隠し事など
出来っこないと
肝に銘じろ

仮にも
おまえの
師であり
守護神

もう少し
敬意を払って
もらいたい」

声荒げながら
我とわが身を
笑ってた

この世の中に
いや天界に

信徒に向かって
声を荒げる
神や天使が
どこにいる?

“似非”天使も
いいとこだ

「裏切ってなど
いません」と

弟子が
初めて
歯向かった

私の声の
正体も
出所も

いつもながら
知る由もなく
もどかしがって

鏡に向かって
食ってかかった

「初恋の
殿方なのは
否定しません

だからといって

ままごと遊びの
続きができると
夢見る歳でも
ありません

天使のあなたに
誓った以上

親切な
お客様の
1人としてしか
あの人に
接したことは
ありません

私の心も
お見通しとか?

天使にしては
安っぽい
詮索ですね

焼きもちの度が
過ぎませんか?」

泣かせるつもりは
なかったのに
おまえの涙は
止まらなかった

正論だ

修道女でも
あるまいに

うら若き
娘に向かって

色恋沙汰は
ご法度など

誓いとは
名ばかりの
師を笠に着た
あざとい束縛

世間の男に
やりたくなくて

“似非”天使が
無理やり課した
横暴きわまる
むごい戒律

「誓いじたいが
理不尽だ」と

真正面から
その非を責めれば
よいものを

おまえはまるで
誇り高い
無実の囚人

捕縛じたいの
理不尽さには
文句も言わず

覚えもないのに
逃亡を図ったなどと
疑われるのは
心外だと

唇をかむ
無実の囚人

良心
悔恨
自己嫌悪

どれ1つとして
我が辞書には
持たぬと決めた
怪人に

一瞬よぎった
忸怩の念の

その虚を
突かれた

「明日1日
休みをください

命日の
父のお墓に
行きたいんです

詮索好きで
焼きもちやきで
疑い深い
こんなあなたが

ほんとに父が
送ってくれた
天使かどうか

お墓の父に
尋ねてみても
構いませんか?」

小憎たらしい
要求だった

従順な
音楽の
徒でしかないと
気を許していた
我が弟子が

師に辛辣に
反撃してくる
かくも凛々しい
女戦士で
あったとは

頼もしいやら
苦々しいやら

「墓参り?
殊勝なことだ

歌姫になった
ご褒美に
1日くらい
休みをあげよう

おまえに夢中な
あの若造も
何なら一緒に
連れて行け

後腐れなく
墓前で
きっちり
手切れ式と
いこうじゃないか

私も遠くで
参列するよ

この際だから

詮索好きで
焼きもちやきで
疑い深い
この私が

正真正銘
父上の言う
天使かどうか

お望みなら
そのとき証拠を
見せてあげよう」

おおよそ
天使らしからぬ
品のない
台詞を残して

居丈高に
おまえの前から
気配を消した

若造が
おまえのそばに
いるときよりも

おまえの姿が
遠くに見えた

後味が
悪かった