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怪人と 1度もおまえに呼ばれなかった

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3 異形の天使



声でなら
声だけでなら

私はおまえの
天使にもなる

父親の言う
“音楽の天使”に
なってやる

おまえは
弟子になるがいい

従順な
我が弟子となれ

そして
可憐な
歌姫となれ

ただし

姿が見たい
顔が見たいと
おまえがどんなに
駄々をこねても

私はおまえの
前に立たない

天使は
姿は
現わさない

徹頭徹尾
声のみで
私はおまえと
交わろう

声だけで
おまえを心酔
させてみせよう
自信はある

その昔

異国の王から
皇太后から
市井の民まで
陶酔させた
私の声だ
酔うがいい

小娘の
おまえに
抗う力はない

私の声の
ゆりかごに乗れ

夢と現の
境に歌え

忘我のうちに
声を天使に
預けるがいい

三月のうちに
私がおまえに
歌姫の喉を
授けてみせる


(2)

おまえの楽屋の
姿見は

天使の声が
響く壁

怪人の
異形を隠す
唯一の盾

オペラ座に
人一人いない
夜更け
早朝

天使と弟子は
鏡をはさんで
主役の男女
オペラの興宴

ささやき合い
罵り合い
むせび合い
歓喜に和した

慰め合い
だまし合い
涙にくれて
愛を契った

オペラが魅せる
古今東西
ありとあらゆる
男女の機微に

楽屋の鏡の
表と裏で
声を合わせて
三月が過ぎた

2度とない
至福の三月

口に出して
褒めたりすまいと
心に決めてた
頑固な天使は

鏡の向こうで
日を追うごとに

のびやかに
艶めいてゆく
弟子の声音に

何度となく
眼を細めては
聞き惚れた

この私が
私の耳が
見出した
おまえの声

鍛えるほどに
見込んだ以上に
広さを広げ
深みを増す声

天使冥利に
尽きるほど
おまえの声が
誇らしかった

無垢なる少女
恋する乙女
賢明なる母
瀕死の老女

優雅な女王
陽気な踊り子
狡猾な魔女
神秘の妖精

おまえの声は
翼を得て
ありとあらゆる
女に化けた

自由自在に
姿を変える
おまえの声に
目を見張った

愛くるしい
小柄な容姿
我が母に似た
その顔立ち

おまけに
声には
翼も生えた

世の男どもが
虜にならない
はずがない

できることなら
おまえの声を
独り占めして
いたかった

世の男どもの
耳になど
聞かせてやるのも
惜しかった

しかし
交わした
あの約束

三月のうちに
歌姫に
してみせるという
あの約束

天使は
たがえる
つもりはない

いいことを1つ
教えよう

古株の
プリマドンナは
今宵突然
原因不明の
病に伏せる

代役には
おまえを頼むと

純朴な
支配人宛て
手紙も先刻
送付済み

さあ機は
熟した

今こそ
おまえが
オペラ座に
君臨するとき

小娘よ
歌姫となれ

プリマドンナの
玉座に座れ

『ファウスト』の
マルガレーテは
おまえのもの

可愛い弟子の
晴れ姿

久々に
5番桟敷で

私も
とっくり
堪能しよう

いざ初日!