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怪人と 1度もおまえに呼ばれなかった

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14 復讐の鬼



もう決めた
引き返さない

復讐の鬼と
化すと決めた

絶望してる
暇はない

おまえに
もらった
屈辱
恥辱

礼くらい
返しておかねば

今日明日とも
知れぬこの身に
悔いが残る

復讐の鬼と
化すと決めたら
舞台の細工は
埒もなかった

1日あれば
充分過ぎた

シャンデリアが
突如その場で
落ちると決まった
あの日と違って
今回は

生ずるべくして
生じる暗闇

起こるべくして
起きる失踪

公演の夜

舞台の上の
プリマドンナを
一瞬にして
消し去るために

当代きっての
奇術師が
腕を振るって
見せるショー

復讐の
鬼と化すのも
手間暇かかる


(2)

1度ならず
2度までも

眠るおまえを
腕に抱えて

歯ぎしりしながら
暗い地底を
行く惨めさが

おまえなどに
判ってたまるか

私のものには
なりえない
おまえを抱えて
闇を歩いて

復讐だ!
復讐だ!と

わめきつづける
この惨めさが

眠るおまえに
判ってたまるか

クリスティーヌ
目が覚めたかな?

思い出したく
ないかもしれんが
見覚えのある
場所だろう?

2度と
来る気が
ないらしいから
私が勝手に
連れてきた

気を悪く
したなら謝る

起きた早々
無粋な話で
恐縮だが

おまえが
この世に
ある限り

あの若造と
結ばれることは
私が許さん
断じて許さん

ささやかな
望みを断たれた
怪人の
ほんのささやかな
復讐だ

さあ
クリスティーヌ
選んでくれ

妻として
私と生きるか

さもなくば

命を捨てて
私を逃れ
あの世で奴の
妻となるか

最後の情けだ
おまえ自身に
選ばせてやる

この怪人と
結婚するか?

ウィか?
ノンか?

いや
悪かった

神聖な
求婚にしては
少々露骨で
せっかちすぎた

目覚ましがてら
聞いてくれ

もしも
おまえが
ウィと言うなら

何はともあれ
若造は
自由にしてやる

無謀にも
おまえを探しに
ここまで
やって来たらしい

発狂するなり
首を吊るなり
ご自由にという
拷問部屋で
だいぶ前から
歓待中だ

そろそろ息も
絶え絶えのはず

手遅れに
ならないうちに
出してやらねば

そして我らは
結婚だ

正式な
届も出そう

仮面とも
気づかぬような
洒落た仮面も
こしらえた

私の顔は
もう怖くない

白昼パリを
堂々と
おまえと歩ける
散歩もできる

おまえの好きな
『ドン・ジュアン』も
完成間近

つつましい
アパルトマンを
手に入れて

暖かな部屋で
一晩じゅう
歌い明かそう

歌に飽きたら
手品でも
腹話術でも
何でもござれだ

一生おまえを
退屈させない

おまえさえ
ウィと言うなら

世界一幸せな
女にしてやる
誓って
してやる

気が進まない?
冗談じゃない?

残念だ

ノンと言うなら
埒もない

館の地下の
火薬庫に即
火でもつけねば

おまえも私も
もちろん奴も

5秒後には
この館ごと

いや
オペラ座の
今夜の客も
1人残らず
道連れにして

木端微塵に
吹っ飛ぶだろう

捨てる命と
引き換えに

おまえと私の
悪縁も
後腐れなく
雲散霧消

あとはあの世で
奴と再会
するのみだ

万事
めでたし
めでたしとなる

クリスティーヌ
どちらを選ぶ?

選べるって
素敵だろう?


(3)

おまえの口から
聞くまでもない

ウィとは
言うまい
言うはずがない

私の妻に
なるくらいなら
おまえは必ず
死を選ぶ

こんな異形の
餌食になるより

オペラ座もろとも
吹っ飛ぶ方を
おまえは選ぶ
当然だ

道端で
すれ違うのも
虫唾が走る
この怪人と

顔突き合わせて
暮らすなど
朝晩寝起きを
共にするなど

おまえでなくとも
女という
女がすべて
ノンと言う

それが現実
自明の理

夢なんか
見てはならない
生き物が

出逢った女に
見てはならない
夢なんか見た
天罰だ

ほかでもない
その女の意志で

価値もない
醜い命を
終えるなら

それも一興
幕切れとして
不足はない

さあお開きだ

クリスティーヌ

答えは
出たかな?

遠慮は要らない
ノンと言え