慟哭の箱 5
家族
旭の眠る朝早くに自宅を出た清瀬だが、立ち寄った職場でこまごまとした雑務を片付けたころにはもう昼をすぎていた。休みなのにご苦労さん、と上司に見送られ職場をあとにした。
小雨の降る中、清瀬は車を海岸線へと走らせる。海沿いの道を抜ければ、清瀬の育った、両親の住む小さな町が見えてきた。
(…ちゃんと、懐かしいと思うんだなあ)
自身に湧き起こる郷愁に、清瀬は他人事のように感心してしまう。ここは、清瀬にとって特別な地。世界で一番大切な場所だ。だが立ち寄ることを拒んでしまうのは、自らに流れる血が、ここにある思い出や大切なひとをいつか穢してしまうのではないかという危惧からだ。
村のこぜまい一本道に入る。道は海の反対側に伸び、山へ向かう坂道となる。このメインストリートの両側に、民家が並んで広い集落となっている。
「あーっ、たーくん!たーくんだ!」
稲刈りを終えた田んぼで遊んでいた子どもたちが、清瀬の車に気づいてかけてくる。ランドセルを背負ったままの小学生たちは、開け放った車の窓に首を突っ込んでくる。
「おっかえりー!たーくん彼女できたか?」
「誰がたーくんだ。巽(たつみ)さんって呼びなさい」
「あーっ、やっぱまだ彼女いないんだ!」
「結婚しなよー!」
好き勝手面白がる小学生とひとしきり笑い合い、清瀬の車は小高い丘に建つ我が家を目指した。広い畑と、数年前に改築した木の家が見えてくる。ああ、懐かしい。本当はすごく、ここへ戻ってきたかった。そんな自分に改めて気が付き、目頭が熱くなる。