慟哭の箱 5
だから、と真尋は身体を起こしてまっすぐに清瀬を見つめる。
「ちゃんと帰ってきてくれ。涼太や旭を、もう悲しませたくない。一弥と話がしたいなら、あんたが信用できる大人であることを、俺たち全員に信じさせて」
裏切れない、と清瀬は痛烈に感じる。この瞳から逃げたら、旭を、彼らを救えない。そう思う。もう二度と傷つけてはいけない魂の、心からの言葉を聞いた気がする。
「ちゃんと、帰るよ」
それだけ言うのが、精一杯だった。人格を細かく分けることでしか生き延びられなかった者たちを前に、清瀬は胸が詰まってうつむく。
「じゃー待ってるよ」
軽い調子で言われたが、心には重く響くのだった。
「そうだ、これ」
清瀬は机の本の山をのけて、一冊のノートを探し当てる。野上から預かった新品の大学ノートだ。
「なにこれ?くれんの?俺、勉強あんま好きくないんだけど」
「野上先生からの提案でな。交換日記だって」
交代人格が顕在化している間に、主人格である旭の記憶は喪失している。その旭の時間と記憶を、そのとき顕在化していた人格が記すことで、旭の記憶の断絶を防ぐためのノートだ。
「あの子自身が、記憶を埋めるすべを持たないといけない。そして自身の中にどんな役割をもった者がいるかを知ることが、治療をスムーズにすすめられるひとつの方法らしいんだ」
彼らを認知し、他者の存在をより身近に感じることで、己の内面を見つめやすくなるのだという。へえ、と真尋は目を丸くしてノートを受け取る。