慟哭の箱 5
「一弥が、その必要があればと思っているなら、話す機会はあると思うよ。まえの警告みたいに一方的なものであるかもしれないけど。でも俺が一弥を説得するのは絶対にできない。俺たちの間には結構厳しい序列があるんだ。一弥の言うことはまず絶対。一弥だけが、旭を含めた全員の記憶を有してる」
「意識下にいて顕在化していなくても、その様子がわかっているということだな」
「そうそう。俺もほかのみんなの動向は結構知ってるほうなんだけど、一弥ほどじゃないなあ」
一弥のような人格を、上位人格と呼ぶのだと、清瀬は本で読んだ。そして上位になればなるほど支配力は増す。おそらく一弥という人格を頂点として、彼らの序列は成り立っている。顕在化の頻度や外交担当という役目を考えれば、この真尋もまた上位人格といえるだろう。
「自分の意思でスポットを譲ったり、入ったりできるのは、一弥と涼太と俺…くらいかな?」
「涼太というのは…」
「子ども。まだ六歳。でも、涼太は一弥から、旭と同じくらい大事に守られてる」
「須賀くんは、きみたちの中ではどういう立場?」
「一番弱い立場。守られなきゃ生きられない。自分の意思でスポットに立つことはできないし、己の中に他者がいることもわからなかった」
(主人格たる旭が、一番弱い立場にいるのか…)
少女に少年に青年に…。旭という箱のなかに息づいている者たちは、確かな意思をもってそこで生きている。厳しい戒律に縛られて。
(だが、ここ最近は簡単に人格をスイッチするようになってる。一弥の支配が緩んでいるのか、それとも旭が自身の中の他人に気づいたことで、スイッチしやすくなったのか…)
鼻歌を歌ってベッドに寝そべる真尋の横顔に問いかける。
「なにがあって…きみたちは生まれたんだろう」
野上は言った、幼少期の成育歴を調べろと。旭には孤児として施設で育った記憶はあるようだった。つまり、他人格が生まれたのは、須賀夫妻に引き取られたのちということになる。
「俺たちは地獄を見てきた。まあ、主に実害を受けたのは涼太と、一弥だけど」
地獄。
「……いつか、それを知ってやれるのかな」
「カウンセリングとやらがうまくいけば、記憶が戻るんでしょ?そしたらわかるさ」