慟哭の箱 5
序列
深夜を過ぎたころ、部屋の戸を叩くものがあった。本を読んでいた清瀬は、最近めっきり悪くなった目から眼鏡を外す。明日は気楽な休暇の身ではあるが、実家に戻るというのは清瀬にとって大きな試練なのだ。眠れずにいて、野上に借りていた本を熟読している。
「どうぞ」
「刑事さーん」
にかっと笑って扉から顔を出したのは、真尋だろう。
「真尋?」
「うん。俺。わかるの?」
「わかるよ。足音と、笑い方で。須賀くんとは違う」
さすが刑事だ、と真尋は嬉しそうに笑ってベッドに腰掛ける。
「旭さ、ちょっとショックだったみたいで、ふさぎ込んでる」
旭が精神的に参っているときは、いつもよりスポットを譲る回数が増えるのだという。それは彼の逃避なのだと野上は言った。この逃避こそが、多重人格という構造を作り出してきたのだ。
「当然だろうな…自分の中に他人がいるなんて」
「それもあるんだけど、刑事さんが自分を置いて行っちゃうんじゃないかっていうほうが不安みたいだ。明日から実家に帰るとか言ってたでしょ?」
「ああ…」
「…一弥は、きっと刑事さんは裏切るって言うんだ。俺たちはその言葉に引きずられてしまって」
一弥…。
「その一弥と…話をするのは無理かな」
須賀夫妻の殺害事件の記憶は、たぶん彼が持っている。