慟哭の箱 5
旭が静かに脱力していくのがわかる。野上は慎重に言葉を選びながら、時間をかけて彼の心の扉をたたく準備を整える。
「息を静かに、そう。ゆっくり吸って、吐く」
旭はもうほとんど眠ってしまっているように見える。催眠状態に陥りやすいのは。彼の持つ多重構造の心のためだろうか。
「何か見える?」
潜在意識と、顕在化している意識を結びつける。旭に問うと、くちびるがかすかに動いて小さな声が返ってきた。
「…暗い」
「そうね。目を閉じているものね。それじゃあ今から、須賀くんはお通夜の夜に戻ります」
「通夜…」
彼はわずかに瞼を震わせる。緊張する声が先走らないよう、野上は極めて静かな、ゆっくりとした声で彼を導いていく。
「わたしが五秒数えたら、きみはあの通夜の夜に戻るよ。さあ、いくよ。1、2、3、4、…5」
ひく、と旭の喉が動く。瞳は閉じられたまま、まだ何の変化も見られない。
「何が見える?」
「…黒い、服を着てる…ひとたち…父さんと母さんの遺影…」
成功している?
「そう。どんな気分?」
「…帰りたい…清瀬さんの家に…ここは嫌だ…」
うわごとのような声。旭の意識はいま、あの夜に戻っているはずだ。