慟哭の箱 4
清瀬からの電話でたたき起こされた野上だったが、電話の内容で一気に眠気が吹き飛んだ。清瀬が報告してきたのは、交代人格と接触したという衝撃の内容だった。野上自身、まだ治療を開始できる自信がなく、勉強中だというのに、旭の中で少しずつ心の在り方が変化してきているのだろう。目覚めて数時間で、清瀬に聞いた内容を電子カルテに打ち込み終える。そろそろ、旭との約束の時間が迫っている。
野上の気がかりはそれだけではなかった。疲れている清瀬の声が、耳元でよみがえる。
(清瀬さんがもらしたあの言葉…)
電話の終わりに彼は呟くように言ったのだ。感情を殺した声で。
『…もしも事件の犯人が、あの子のなかの誰かだとしたら、俺は』
その続きを聞くことはできなかった。黙り込んだ清瀬はそのまま朝早い電話の謝罪をしてから、通話を切ったから。
野上は思う。あの男は刑事だ。だけど、何か腹に抱えているものがある。刑事が同情だけで、重要参考人の心の中まで入り込み、救おうとするものだろうか。彼を突き動かすのは使命感や、優しさだけではない。清瀬の目の奥には、それとは別の深い闇がある。野上は清瀬も心配だった。
「野上先生」
診察室に入ってきたのは、刑事の秋田だった。
「そろそろ須賀くんが来る頃だな」
「まだ事情聴取に応じる許可は出せませんよ」」
嫌味をひとつ投げてやると、老刑事はため息と一緒にソファに腰掛ける。