慟哭の箱 4
清瀬が戻ったのは、九時を過ぎてからだった。ひどく疲れた様子だったが、旭の姿を見ると笑ってくれた。労うように。
「カウンセリングはどうだった?」
互いに夕食は済ませてあったので、コーヒーを淹れて食卓で向かい合った。
「…俺、多重人格って言ったら信じますか?」
「信じるよ」
あっさりと返事が返ってきたのは、清瀬もまた旭と同じように、旭の中の他者を感じているからなのだろう。
「野上先生が言うには、俺の記憶が途切れているのは、ほかの誰かが俺の意識の上に出ているからだって…」
野上と話したことを清瀬に聞かせる。彼は肘をついて旭を見つめている。まるで内側に別の誰かを探すようにして。
耐え難い恐怖に襲われると、「別の誰かに起こってるんだ」と言い聞かせる。それらが別の誰かが人格をもって、旭の中にいるのだという。続かない記憶、幻聴。それは、多重人格であることを示しており、旭は意外にもすんなりとその言葉を受け入れることができた。
確かに感じるのだ。自分に囁きかける誰かの気配を。
「俺はきみの中の幾人かと接触しているんだけど…数名はきみを守るために行動しているということがわかった。あらゆる大人から守ったり、記憶の断絶による社会との齟齬から守ったり。彼らの行動理念は須賀旭を守るということに尽きるらしい。そのためならば」
ひとをころすこともいとわない。
「…ひとを、」
「きみの失われた記憶を取り戻すこと。人格たちが生まれた経緯を知ることが、治療のカギだと聞いた」
「…はい、まずは一番最近の喪失した部分…通夜の夜の記憶を呼び覚ますって。退行催眠というそうです」
両親の通夜の夜から葬儀が終わるまでの間、旭の記憶はない。その間、誰が、いったい何の目的で旭の意識をおしこめて表面化していたのか。