慟哭の箱 4
「噂だよ。俺はあいつをもう仲間だと思ってっからこれ以上は言わんが、あいつは殺人に対しては並々ならん執念を持って捜査してたそうだ。なにがあいつを駆り立てんのかは知らねえけどな」
もう行くよ、と刑事は立ち上がった。なんだか空気が気まずくて、秋田の出ていった扉を見つめ、野上は罪悪感を覚えた。
(…なんか、聞くんじゃなかった。余計気になるじゃない…)
あの穏やかな清瀬が、秘めた暴力性に似た危うさを抱いている。何に起因するのだろう。しかしそれを知ったところで、野上にできることなんてないのだ。自分は医者だが、他人の心を暴く権利などない。清瀬がどんな生き方をしようと、知る権利もないのだ。
優しさは、闇を隠すための仮面なのか。それとも。
「おはようございます」
悶々としているところに旭が現れた。
「おはよう」
「先生、教えてください」
立ち尽くしたまま、旭が真剣な視線を向けてくる。
「…俺のなかにいるのは、誰なんですか?」
自覚、しているのか?
不安と決意の揺れる旭の瞳。それを見つめ返し、野上はうなずく。
「話を聞かせてもらおうかな」
これが旭と、そして医師である野上にとっての長い戦いの始まりである。
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