相思花~王の涙~ 【後編】
片目を瞑ったその表情は、はらりとひと筋乱れた前髪が額に落ち、凄艶なほどの男の色香を醸し出す。二つの漆黒の闇を宿す眼(まなこ)の底で閃くのは消えることのない欲望だ。
ハンは横たわった自分の上にソナを跨らせた。普段であれば、ソナはどれだけハンに懇願されたとしても、そのようなことは許さなかったに違いない。同じ体勢で交わったことはむろんあるけれど、何も身に付けてない生まれたままの姿に、胸の先端だけ紅い花びらをつけた今の姿はあまりに淫らすぎた。
このような姿で抱かれるのは流石に抵抗がありすぎる。
彼に烈しく下から突き上げられる度に、ソナの身体が跳ねる。こんもりとした真白な乳房の先端に咲く紅い花びら―、何も身に付けない素裸だけに、その一箇所だけを隠した姿は凄艶なほどに淫らで美しい。
一糸纏わぬ全裸で両脚をこれ以上はひらけないほど大きく開かされ、下から烈しく揺すり上げられる。その度に、ソナの大きな胸がたわわに実った果実のように揺れる。ハンは途中からは彼女の腰を抱き、身を起こした。
「チョ、ナ」
ソナは流石にもう、声も出ないほど疲弊していた。彼にさんざん啼かされ、喘がされた喉が苦しく声が嗄れている。
だが、身体の奥深く繋がり合ったままで抱き起こされると、また体勢が変わって結合がより深くなる。感じやすい更に奥の膣壁を彼のいまだに固さを保ったままの先端がすり上げるのだ。
「ぁ、ああ、私、また」
既に自分でも自覚できないほど繰り返し絶頂を迎えてしまった身体なのに、違う場所を突かれればまた小さな絶頂が押し寄せてくる。
だが、過ぎたる快楽は責め苦でしかない。ソナは可愛らしい顔を苦痛に歪め、ハンに訴えた。
「お許し下さい。私、苦しくて」
続け様にハンが放った熱い飛沫はソナの蜜壁を濡らし、あまりに大量なので、膣から滴り落ちてくるほどだ。正直、立て続けに射精されて胎内充も溢感がありすぎて苦しかった。
「許さぬ、と申したら?」
ハンの黒い瞳が煌めき、顔が胸に寄せられた。彼は唇でソナの胸の突起を隠した深紅の花片を銜え、むしり取る。
二枚の花びらが宙に舞い、ひらひらと散った。漸く姿を現した可憐な朱鷺色の乳首を彼は銜え込み、強く吸い上げた。ざらざらした舌に幾度も執拗に扱かれ、いじらしい飾りはすぐに固く尖った。
勃ってくると、余計に感じやすくなる。
「い、いやっ。ああ、壊れて―」
自分が自分でなくなってしまう。ソナはかつて味わったことのない烈しい快楽と苦痛の狭間でもがいた。
「私の子を生むが良い。いや、私の息子を―立派な跡継ぎを生んでくれ」
ハンのなめらかなひと言ひと言が、かすかな震えとなってソナの膚をすべっていった。
甘い声は少し掠れ気味で、耳をくすぐるような、やわらかさで低音の美声だ。息遣いや時折、チロリと艶めかしく覗かせる紅い舌先さえ、どういうわけかソナを惑わせる。その舌先で自分の感じやすい尖りをさんざん舐めしゃぶり尽くされて達かされたのだ―、そう思っただけで感じてしまう。
ハンの言葉一つ一つの発音が美しくて魅了され、最早、彼の美声を聞いただけで達してしまいそうにさえなっていた。
「そなたの生む子こそがこの朝鮮国の王となるのだ」
その言葉が終わらない中に、彼もまた極まった。繋がり合った場所でひときわ大きく膨らんだ熱塊が弾け、熱い精液が迸る。複雑に入り組んだ膣壁に滲み込んでゆくのが堪らない。
ソナはあえかな声を洩らした。
「あぁ―」
何度も官能の極みに上りつめ、自分の身体が繊細な玻璃(ガラス)細工となり、頂点に達する度にに粉々に砕け散ってゆくような感覚だった。
二人は座って向かい合ったまま繋がり、共に達した。互いの呼吸すら聞こえるほど至近距離で、ソナとハンは見つめ合った。
ハンの黒檀のような瞳は底知れず、危ういほどの欲望に突き動かされソナの身体をさんざん蹂躙したとは思えないほど、静謐だった。さんざん抱き合い欲望を吐き出したことで、燃え盛る焔も消えてしまったのか。
だが、それはすぐに間違いであることに、ソナは気付いた。ハンの瞳の底に揺らめくのは端から欲望ではなかった。いや、欲望もあるにはあったろうが、それは所詮は一時のもの。
ハンの瞳から消えないのは虚無だった。それは孤独と言い換えても良いかもしれない。彼の瞳に映るのはただ無限の闇でしかない。恐らく、その闇はソナなど知り得るべくもない、生まれ落ちたその瞬間から王であらねばならなかったハンしか知り得ない感情であったろう。
その瞬間、ソナは知った。王の座る玉座とは、かくも孤独なものなのだと。そして、彼女の愛する男イ・ハンはまだ十代で先王の跡を譲り受け即位し、その至高の位に座り続けてきた。愛する男の孤独を理解した時、ソナはますますハンに惹かれた。
孤独な王の漆黒の瞳、その中に宿る暗闇に溺れたのだ。
幾度とも知れぬ嵐のような交わりの果て、いつしか二人とも疲れ果て眠りに落ちた。ソナがめざめた時、既にハンは眼を開いていて、彼女の頭を腕に抱き、片方の手で乱れた髪を撫でているところだった。
「愛している。ソナ、私の女はそなただけだ。必ずや約束どおり、私の子を産め」
ソナが身をよじったので、ハンは手を放した。ソナはゆっくりと上半身を起こし、ハンを見た。
「約束と申せば、殿下、もう一つの約束があったことを憶えておいでですか?」
ハンが綺麗な眉をかすかに寄せる。
「何だ?」
「私が殿下に差し上げた手巾に関係がございます」
ハンが小さく笑った。
「腕一杯の百合の花をいつかそなたに贈ると約束したことか?」
ソナは艶やかに微笑んで頷いた。
「むろん、忘れるものか」
ハンもまたつられるように身を起こす。二人はしばしその体勢で見つめ合った。ハンの視線はこれまで見たことがないほど真摯なものだった。その手が伸び、ソナの剥き出しの下腹に触れる。
「一日も早く、私の子がここに宿ってくれるのを心待ちにしている。いつかそなたが息子を生んだその時、朝鮮中にある百合の花を集めて妻と息子に贈ろう。その日が来ることを心待ちにしているぞ」
ソナはにっこりと頷いた。
「私も愉しみにしております」
いかほどの刻を経たのか。妓房に入ったのは昼過ぎのはずなのに、八角形の窓から差し込む陽はもう温かな蜜色に染まっていた。
「随分と長居をしてしまったようだな」
ハンが夕陽に眼を細め呟く。
「さりながら、このように良い想いをしたのは初めてだ。そなたとは身体の相性が良いとは思っていたが、その身体、堪らんな」
と、また手が伸びてきて腰を引き寄せられるのをソナはやんわりと諫めた。
「殿下、幾ら何でも、そろそろここを出て宮殿に戻らねばなりません」
ハンが溜息をついた。
「そうだな、では続きは今宵、宮殿でするとしよう」
ソナは正直、呆れ顔で返す。
「まさか、私はもう疲れ果てて、今宵のお相手はできそうにありませんよ。殿下のお身体に障ってもいけませんし」
ハンが残念そうに肩を竦めた。
「それでは、今一度だけ、ここでしていこう」
「えっ?」
まさかと問い返そうとしたそのときには、既にソナの身体は褥に押し倒されていた。
「ですから、殿下、もう帰らなければ―」
作品名:相思花~王の涙~ 【後編】 作家名:東 めぐみ