慟哭の箱 3
真尋
夕刻。清瀬は定時に職場を抜けて自宅へ向かっていた。少しでも桜に会いたかったのもあるが、今朝の旭が心配だったからだ。野上の話を聞いたらなおのことだった。
「ただいま」
「お兄ちゃん、」
梢がほっとした表情で玄関へ駆けてくる。
「すまん、全部まかせて。須賀くんは?」
「桜を寝かしつけてくれて…いま一緒にお昼寝中」
「もう六時になるぞ」
「結局三時くらいに寝て。もう起こさないとね」
梢が簡単な夕食を作ってくれた。清瀬は寝室で眠る旭と桜の寝顔を確認してから、食卓についた。温かいスープとおにぎりを、ありがたくいただく。
「…あのね、さっきちょっと変なことがあって」
「うん?」
いつも溌剌とした表情の梢が、不安そうに切り出してきた。どうしたというのだろう。
「須賀くんが突然、女の人になったの」
「――は?」
「わかんないの。女のふりをしてたとか、演技してたとかじゃなくて、突然女の人になって、自分は氷雨だって…そう言うのよね…」
まさか、人格が入れ替わった?
詳しく聞けば、子どもの話をしたり、自分は旭や涼太なる人物の母親代わりだとも言ったのだという。
「わたしどうしていいのか、わかんなくって…」
「…そうか」
「でも怖い感じはしなかった。優しい目をして…なんだか大人っぽくて…うまく言えない」
「いいんだ。あんまり気にしないでおこう」
野上との話は他言無用なのだ。しかし梢の報告は、旭の中の他人を認識するきっかけの一つとなりそうだった。