慟哭の箱 2
「ただの物忘れとは思えないんです・・・。もしかして、何か脳に疾患があったりとか、そういうことなのかもしれなくて」
ううん、と野上が腕を組む。
「記憶が抜け落ちていること以外に、身体に変調はないの?」
「・・・はい。でもハッて気がづいたとき、頭痛がするような気がします。何もないところで、音を聴いたり。声を聴く事も、あります」
あれは何なのだろう。
「それは、記憶を失う前後にってことなの?」
「はい・・・たぶん。こうして自分の意識がある間は、変調はないから」
気のせいだと思ってきた。思い込もうとしてきた。自分がぼんやりして抜けているからなのだと。
でも、殺人事件が起きて、怖くなった。なんで覚えてないんだろう。普通に考えればおかしいではないか。病気なのかもしれない。目撃したことを思い出すためにも、治療の必要があるのなら、旭はそうしたいと思う。
「声っていうのは?」
黙っていた清瀬が口を開いた。眠たそうな穏やかな目が鋭くなり、旭を見つめている。刑事の目だった。直視できずに目をそらす。
「よく・・・思い出せないけれど、男のひとの声だったり、子どもの笑い声だったり、女のひとの声だったり・・・いろいろです」
うまく説明できない。何を言っているのかまでは、はっきりしない意識の中で曖昧だった。
「それは・・・あの事件の夜にも聞いているのかな」
「事件の夜のことは、やっぱりまだ思い出せなくて・・・すみません」
そう、と清瀬はそれきり口を噤んだ。旭はほっとする。
「きみの記憶の話ね、わたしはあの事件のショックによる一過性のものだと思っていた。だけど、記憶の断絶が子どもの頃からってなると、それは何か別のことが原因なんだよね」
「そうなるん・・・ですよね・・・?俺、検査をしてもらいたいんです。このままじゃ、事件が解決しないでしょう?」