慟哭の箱 2
通夜は滞りなく終わり、実家の座敷では親戚達が額を付き合わせて話をしている。会社の跡目をめぐり、叔父たちがもう経営の話に戻っていた。ひとが死んでも、現実は進んでいく。
遺産の話、跡継ぎの話、朝からそんな話をふられ、旭はもううんざりだった。会社の者だというひとがたくさん詰め掛けて、旭に形式ばった言葉をかけてくる。それに応え、頭を下げ、己の気持ちを整頓する暇もない。部屋の隅で膝を抱え、夜が過ぎるのをじっと待つだけだった。
「旭くん」
呼ばれて顔を上げると、叔母の姉だか妹だかが、心配そうにこちらをのぞきこんでいる。
「疲れたでしょう?ここはいいから、顔でも洗ってらっしゃいな。ひどい顔色をしているわ」
優しい声が、黒々としていた心に沁みた。気遣いに感謝し、旭は立ち上がる。洗面所で顔を洗い、鏡に映る虚ろな自分を見つめる。
(・・・早く帰りたい)
清瀬の顔が浮かぶ。あの、のんびりとした空気に触れたい。必要以上に干渉せず、旭の領域を護りつつそばにいてくれる穏やかさが、もう懐かしくて恋しかった。昨日、彼の妹の作ってくれた夕食は、本当においしかった。冷えた心に命が吹き込まれていくような気がして。
「須賀、旭くん、」
背後から声がした。びくっと肩を震わせて振り返る。
(・・・え?)
振り返った旭は、そこにいた人物を見て息を呑んだ。
(・・・・・・なにこれ)
喪服姿の男性だ。それはわかる。だが、その顔がおかしい。マジックでぬりたぐったように黒いのだ。なんだこれは。ふざけている。コミック雑誌を読んでいるような、現実離れした光景。
「大変だったね。お悔やみを申し上げます」
顔を黒く塗りつぶした男が言った。そのぐにゃぐにゃと、塗りつぶされた黒がうごめいている。
「!」
瞬間、耳をつんざくような絶叫が聞こえ、旭は耳を塞いで屈みこんだ。
「どうした?大丈夫か?」
顔を塗りつぶした男は、不思議そうに声をかけてくる。このひとには聞こえないのか?
絶叫は、耳を塞いでも聞こえる。
いやだ!
こわい!
いやだ!
こわい!
こわい!!“
自分の内側から聞こえているのだ。そう意識した瞬間、ブツンと音がして旭の意識は閉じた。テレビのチャンネルが消えるようにして。