慟哭の箱 2
(・・・言いたくないことの一つや二つか、)
清瀬は湯船につかって考える。浴槽に肘をつき、旭との会話を思い出していた。誰にだって過去がある。清瀬にとってそれは、触れられたくない部分というよりも、己自身が目を逸らしたい箇所である。
(あの子の記憶は、どうしてうまく繋がっていないのかな)
脳に疾患が考えられると旭本人は言うのだが、野上はそうは思ってはいないようだった。問題なのは身体の組織の異常などではなく、心のほうではないかと。
(とにかく野上先生に任せるしかないか・・・)
もう寝よう。疲れた。湯船からあがり、寝る支度を整える。歯みがきをしようと洗面台の前に立ったときだった。
「――ねえ」
すりガラスの扉の向こうから話しかけられた。
「どうした?眠れないのか?」
旭が入ってくる気配はない。すりガラスの向こうの不透明なシルエットは、動かない。そのまま声だけが響いてくる。
「ねえ清瀬さん」
ざり、と指先ですりガラスをひっかく指先。ざり、ざり。不快な音・・・。
「こっちには、一つや二つどころか、知られたくないことが山ほどあるんだよ」
その口調に、不穏なものを感じ、清瀬は動けなくなる。自信に満ちた、余裕のある話し方だった。違和感と、その違和感をどう処理していいのかわからず、清瀬は立ち尽くす。