慟哭の箱 2
旭には彼の態度が、そんなふうに感じられた。
「はい・・・そうします・・・」
浴室へ向かい、疲れた己の顔をまじまじと見つめる。
(ひどい顔だな・・・)
もともと痩せていたが、一層頬がこけた気がする。疲れた目。生気のないくちびる。生きてないみたいだ。
「――だめだよ」
え?
声がした。振り返る。扉があるだけ。清瀬じゃない。旭は鏡に向き直る。
鏡の中では、自分が、笑っていた。先ほど見た、頬のこけた自分ではない。優しい顔をした、自信に満ちた表情の、自分がいる・・・。
え?俺は笑ってないのに・・・。誰だ、これは。
「旭、あのひとに気を許してはだめだよ」
喋っている。鏡の中の自分が。旭は呆然としながらそれを眺める。これは鏡ではなかったのか?
「あれは怖い大人かもしれない。おまえは不安なんだろう?あのひとに見限られたらどうしようって」
洗面台を掴む旭の手が、ガタガタと震えだす。なんだこれは。幻覚?幻聴?
鏡の中の旭は、顔を歪めて凶悪な笑みを作った。さきほどの優しい表情が嘘のような、恐ろしい笑い方だった。
「信用してはだめだ。おまえを不安にさせる大人を、信じて慕うのはよせ」
鏡の中の自分は諭すように言う。音が鳴るかのように頭痛が押し寄せる。痛みに目を閉じる旭の耳に、声が続けて降ってくる。
「もう痛いのは嫌だろう?怖いのは嫌だろう?」
だからだめだ、信じてはだめ。
「あのひともきっと、俺たちをうらぎるにきまっているんだから・・・」