慟哭の箱 2
「知ろうとするな。蓋をこじ開けるような真似をするな」
ざり、ざり、ざり。執拗に繰り返される指先の音。警告する声は低められ、いつかの夜に聞いた襲撃者のものと重なる。
思考がまわりだす。ざり、と不愉快な音が続いている。清瀬はようやく言葉を紡ぐ。すりガラスの向こうのシルエットに向けて。
「・・・彼が、須賀くん自身が、記憶の蓋をこじあけたいと願っていてもか?」
ざり、とガラスを引っかく音が止まった。まるで、清瀬の言葉が気に入らないとでも言うように。
「須賀くんが望むなら、俺はそうしてやりたいと思ってる」
「・・・・・・」
ガラスを隔てて、二人は無言で対峙する。
「旭は知らない。記憶がどんなに恐ろしいものか。知らなくていい。旭を思うのなら、開けるな。箱を開くな」
しばらくして、声は言った。そして静かに、シルエットは扉から離れていく。足音もなく。
あとに残ったのは、ガラスの向こうの濃い闇と、言い知れぬ恐怖だけ。
清瀬はしばらくその場を動けなかった。
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