慟哭の箱 2
発現
久しぶりに戻った清瀬の家には、さざめく人々の声も、刑事の恫喝も、雨夜のように続く不安もない。肩から力が抜けて、膝を突きそうになる。やっと眠れる、そう思う自分を、旭は冷血だと感じた。両親が死んで、葬儀の記憶もない。尊いものを失ったのに、わずらわしさから開放されて眠れることにほっとしているなんて。
「もう遅いし、風呂に入って寝ようか」
清瀬の声にも疲労のようなものが滲んでいる。壁の時計を見れば、日付が変わろうとしていた。
「明日からのことは野上先生に任せていいと思う。信頼できるお医者さんのようだし」
「はい・・・」
考えても仕方ない。自分にできることをやるしかないのだから。
「あの、清瀬さん」
「うん?」
「・・・黙っていてすみません、記憶のこと」
ここにいられなくなることが怖くて、言い出せなかった。清瀬は特に気にした様子もなくヤカンに水を汲んでいる。
「いいよ、そんなことは」
「でも、捜査に関係あることなのに、俺・・・」
「誰にだってあるだろう。言いたくないことの、一つや二つ」
コンロにヤカンをかける清瀬の痩せた背中を見つめる。
「・・・清瀬さんにも?」
しん、と沈黙が、冷たさの隙間からやってくる。清瀬が振り返る。こちらを見つめる、少し困ったように笑う表情。
「――き、」
声をかけることが、できない。その表情が、どういうわけか、今にも泣き出しそうな子どものように見えたから。
「風呂へいっておいで」
清瀬は穏やかな声と一緒に再び背を向けてしまって、それ以上は応えてはくれなかった。大きく腕を開くようにして、何もかもを受け入れてくれる清瀬が、初めて立ち入ることを拒絶した瞬間。