慟哭の箱 1
病室を出ると、沢木が駆け寄ってきた。
「あの子、目を覚ましたようですね」
「ああ。一課のみなさんが取り調べるそうだ」
「少し待ってあげたらいいのに・・・」
それは清瀬も同感だが、そうもいかない理由があるのだった。ベンチに腰かけると、疲労がどっと押し寄せてくる。
「飲みますか」
「すまん」
沢木がよこした缶コーヒーを受け取り、ここまでに聞き及んだことを整理しようと眉間をもんだ。
「ええと、なんだっけ・・・」
「被害者は須賀雅人、智子夫妻。免許証から身元はすぐに判明しました。現在、親類縁者に連絡をとっているところです。直接の死因は二人とも脳挫傷。頭を、何か石のような固いもので殴られたんだろうとのことです。解剖の結果、ほぼ即死。体中の刺し傷は、死後につけられたものとのことでした」
「すさまじいな」
頭を殴って殺したのち、遺体を損壊したということになる。恐るべき執念を感じさせた。よほどにくい相手だったのだろうか・・・。
「そして息子の旭だけが助かった・・・」
青年の、恐怖に見開かれた瞳を思い出す。何も思い出せない、と彼は言った。嘘をついているようには、清瀬には思えなかった。混乱し、なんとかして必死に平静を保とうとしているのが伝わってきた。
(今にも消えそうな青年だ)
輪郭がぼやけているかのように、存在感がない。それが目覚めた彼を見たときの第一印象だった。すぐそばに存在していながら、まるで別の場所にいるかのような儚さ。
「彼は両親から離れた場所に倒れていました。外傷は、右手のひらの裂傷のみ」
「犯人から逃げたんだろう。そして凶器から逃れようと手で庇った」
犯人は、なぜ旭だけを逃したのだろう。殺そうと思えば殺せたはずなのに。両親をあれほど残酷な仕打ちで捨て置きながら、なぜ旭だけが。そしてなぜあんな場所で?待ち伏せされていた?目的は?
「・・・ああ、だめだ。眠い」
「清瀬さん、一度戻ったらどうですか?引っ越しの片付けも済んでないのにこんなことになっちゃって」
二人して欠伸をかみ殺す。
「そうだなあ。いまは、入れてもらえそうもないしな。でも帰るの面倒だな」
引っ越してきて、ダンボールだらけの部屋だ。片付ける気力も、ベッドの上の荷物を下ろす気力もない。沢木を帰して、清瀬はその場に留まった。しかし結局朝を迎えても、清瀬は病室に出入りする捜査官を見ていることしかできなかった。