慟哭の箱 1
「清瀬さんてば」
「この辺の草、踏み分けられてる。誰か通ったのかな」
「・・・まさか犯人が?」
雑木林の木々の下。背の高い草がところどころ折れている。清瀬は懐中電灯で辺りを照らし、闇の中に光を当てる。数メートル進んだ先で、それを見つける。
「沢木、誰かいる」
「えっ、あ!」
雨の中に誰か横たわっている。近づくと、雨にぬれた若い青年だった。きつく閉じた目。顔にはぬれた髪がどろりとかぶさっている。そっと首筋に触れると、うう、と小さく呻くのが聞こえた。紙のように白い顔が動く。
「息がある」
「き、救急車を!」
「頼む」
沢木が駆けて行く。清瀬は青年の肩を叩いた。ぞっとするほど痩せた肩だった。トレーナーが雨にぬれて、どず黒く染まっている。
「きみ、しっかりしなさい」
うめき声。生きている。外傷も殆どない。先ほどの男女と何か関係があるのだろうか。
彼のジーンズのポケットに財布が入っている。清瀬は中を検めた。小銭、一万円札が二枚。金は盗られていないようだ。
(学生証・・・)
英明大学文学部二年 須賀 旭
(すが、あさひ)
この出会いが、双方の運命と、そして周囲の人間たちの人生をも大きく変えていくことを、まだ誰も知らなかった。
清瀬は雨の中で、救急車のサイレンを聞く。青年は目を閉じたまま、まるで祈るように手を握り締めて横たわったままだった。
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