慟哭の箱 1
コロシ、と沢木が眉根を寄せた。普段なら退勤時間になれば、他の部署の仕事はおろか自身の仕事ですら完全シャットアウトの清瀬だが、コロシと聞くと身体が反応する。どかどかと大人数がやってきて、清瀬らを押しのけて出て行く。現場に向かうのだろう。
「おまえ、北大川署から来た清瀬だな」
「そうですけど」
立ち尽くしていた清瀬に声をかけたのは、一人の老刑事だった。清瀬は面識がない。しかし相手がこちらを知っているということは。
(俺の経歴を知ってる、お偉いさんか)
清瀬が本庁の刑事課にいたこと、そしてそこから所轄へと左遷させられたことを。
「邪魔はしないので、ご一緒させて下さい」
「えっ、清瀬さん?」
「沢木は帰りな」
「ええ~?!」
「捜査に加わるつもりはありません。ただ様子を見ているだけでいいんですけど」
お願いしますと頭を下げる。老刑事はしばらくむっつり黙り込むが、しばらくして頷いた。
「来い」
「恩に着ます」
「清瀬さんが行くなら、お、俺も行きます!」
沢木も慌しく車に乗り込む。外は秋の雨、漆黒の闇が横たわっている。車内で清瀬は、老刑事の秋田から通報の内容を聞く。
「朝霧山で男女の遺体が発見された」
「朝霧山というのは?」
「県境にある峠だよ。渋滞を避けて地元の人間が通るくらいで、普段は車一台通らない」
ハイキングや登山でも楽しめるのかと言えば、そうではないらしい。