慟哭の箱 1
清瀬巽(きよせたつみ)は退勤時間がとうに過ぎた署内の机に突っ伏し、身体を覆う疲労のため起き上がれずにいた。
欠員と大規模な制度改正とそれに伴う人事異動のとばっちりにより、急遽転属が決まったのが先月のこと。転属初日の今日、配属された刑事部捜査三課では大規模な連続窃盗団の逮捕劇があり、自己紹介する間もなく慌しい一日が終わろうとしていたのだった。
「災難でしたねえ、清瀬さん」
「ああ、お疲れさん。年かねえ、もう起き上がれんよ」
「まだ三十代でしょうに。初日で気が張っていたところだったし、なおのことお疲れなんでしょう」
今日からコンビを組むことになった部下の沢木がそばに寄ってきた。
「うるさい上の方も帰ったから、これから飲みにいきません?歓迎会はまたの機会にってことで」
「お、いいな、行こうか」
疲れた身体にしみわたるアルコールの心地よさを思い、清瀬は快諾した。ようやく起き上がりジャケットを羽織る。
「俺めっちゃ不安だったんスよ、新しい相棒がどんなひとか。これからよろしくお願いしますね」
「こちらこそ。いろいろ教えてくれ」
沢木は経験こそ浅そうだが、ひとなつこくて飾らない態度が好ましかった。
「そういや班長が言ってましたよ。昨日までの所轄の刑事課に来る前は、本庁にいたことがあるって」
「・・・そんなこともあったかなあ」
曖昧に答えを濁す。重ねて尋ねようとした沢木の言葉が、喧騒にかきけされる。
「・・・なんだ?」
一階に来るとフロアで捜査員たちが慌しく出て行くところだった。あきらかに不穏な雰囲気だ。沢木が近くを通った捜査官を捕まえて尋ねる。
「あの、どうしたんですか?」
「コロシだ。朝霧山で男女の遺体が発見されたそうだ。所轄からの報告で、おおわらわだよ」