慟哭の箱 1
食事をして風呂に入ると、旭は電池が切れたように眠ってしまった。清瀬は何度か様子を見て、異変がないかを確認する。
「泥のように眠ってるよ」
「ほっとしたんだろうね。かわいそうに・・・つらいだろうね」
梢が新聞の記事に目を通しながらぽつんと言った。病院にいても落ち着かなかったに違いない。女医野上の言うように、彼にはほっとできる場所が必要だったのだろう。
「助かったよ梢」
「いいのよ。転勤してウチと近くなったし、これからちょくちょく遊びに来るね。桜も連れて」
「そりゃありがたいよ」
煎れて貰った茶をすすり、清瀬は心をこめて呟くのだった。
「・・・ねえ、お兄ちゃん。実家にも帰っておいでよ。お正月にも戻らなかったでしょ?父さんも母さんも心配してるよ」
「ん?ああ・・・」
梢が遠慮がちに言うのを、清瀬は静かに受け止める。もう何年も戻っていないのは、家が嫌いとか、親が鬱陶しいとか、そういうことではなかった。仕事が忙しいことを口実にしているが、梢には通用しないようだ。
「・・・お兄ちゃんが遠慮してること、わたしたちにはつらいよ」
「・・・・・・うん」
「あそこはお兄ちゃんの家なんだよ?帰ってあげてよ、たまにでいいから」
清瀬は、両親を、妹を、自分の家族を心の底から愛している。この世で最も尊敬し、大切なものが父と母だ。だから、だからこそ、簡単に帰れない理由が清瀬にはあるのだ。
黙り込む清瀬に業を煮やしたように、梢が口調を強めて言う。
「血が・・・繋がってなくても、家族なんだよ。お兄ちゃんの本当の親がなんであれ、わたしたちは――!」
「梢」
静かに妹を制する。梢は口を覆い、ごめんなさいと呟いた。
「・・・すまん」
清瀬は、家族の誰とも血が繋がっていない。父とも母とも梢とも。本当の親。本当の親のことは、口にしたくも、ない。