慟哭の箱 1
「・・・ご両親とは、実の親子ではないって」
「はい。俺は孤児だったそうです。子どものいなかった両親が、跡継ぎのために引き取ったんだって聞いてます。・・・確かに愛情はもらっていたはずなんです、大学にも行かせてもらって。なのに・・・どうしてこんなに自分が冷めているかわからないんです・・・」
見通しの悪い夜の街を走りながら零した旭の言葉は、静かに闇に消えていく。両親との間に確執があったのだろうか。そのあたりも、事件になんらかの形で関係しているのかもしれない。
一端旭のアパートに立ち寄って、着替え等の最小限の荷物を持たせるようにした。幸い、まだマスコミは駆けつけていなかった。
「・・・あれ?」
マンションのエントランスをくぐって、清瀬は目を見張った。エレベーターの前に見覚えのある人物が立っている。
「梢(こずえ)?」
「あ、おにいちゃん!ちょっとなんで電話でないのよ」
妹だった。ボブヘアーに包まれた小さな頭。清瀬よりも六つ年下の彼女は、幼く見えるが一児の母である。
「おまえ何してるんだ。桜はどうした?」
「桜はお義母さんが見てくれてるの。お兄ちゃんが引っ越したばかりって言ったら、お手伝いにいってあげたらって。お兄ちゃんのことだから、絶対家の中くちゃくちゃだもん。仕事終わってすぐ来たのに、電話にも出てくんないし、ここで待ってたの」
梢はまくしたてる。
「幸太郎くんは?」
「今日から出張。だからエンリョなく片付けさせてもらうから・・・・って、お客さん?」
梢はようやく、旭に気づいたようだ。梢の迫力にぽかんとしていた旭が、慌てて頭を下げる。
「ちょっとわけあって、しばらくうちにいることになったんだ」
「すみません、やかましくしちゃって。妹の織田梢です。兄がお世話になってすみません。汚い家に招いてほんと申し訳ないったら・・・」
「そ、そんな。お邪魔するのはこちらですから。須賀旭といいます」
エレベーターの前でぺこぺこし合う二人を、眺めているしかない清瀬。聡い妹は旭についてそれ以上尋ねようとはしなかった。
「うっわ・・・」
ダンボールだらけの部屋を見て、梢が絶句する。
「ちょっとお兄ちゃん、荷物が何一つ片付いてないじゃない!こんなダンボール部屋にお客さん呼んでどうするの!?」
「うん、そうだな。その通りだと思う」
「信じられない、だからお嫁さんどころか彼女もできず・・・ああ・・・悲しき三十四歳・・・」
「すみません・・・」
いろいろと心をえぐられ、清瀬は見えない涙を流すのだった。
「もー男が二人いても邪魔!わたしが掃除しとくから、二人は買い物行って来て!」
「はい!」
梢の迫力に、旭もまた反射的に返事を重ねたのが可笑しかった。