慟哭の箱 1
罪悪
本部に顔を出してあれこれと雑務を片付けてから、清瀬は旭を迎えに病院へ向かった。幸い手のひらは軽症であった彼だが、心はそうはいかなかった。精神科医である野上の指導のもと、しばらくは清瀬のもとで過ごすことになる。
「お世話になります。俺、お金もなにもありませんけど・・・」
駐車場を歩きながら、旭は申し訳なさそうに言うのだった。手に巻かれた包帯が痛々しい。
「大学もしばらくはいけないだろうし、着の身着のまま来ればいいよ」
「・・・でも、本当にいいんですか。ご厄介になって」
「いいよ。引っ越したばかりで片付いてないけど、病院よりはのんびりできるよ。やかましい刑事もいないし」
「ありがとうございます」
六時を過ぎた街には、あの夜と同じように雨が降っている。冬を前にした冷たい雨だった。今夜も冷えるだろう。
「あれ、これって・・・」
助手席の扉を開けて、旭が小さく笑った。そこには国民的ちびっこヒーローのぬいぐるみが転がっていた。
「ああ、姪っ子のなんだ。このまえ車に忘れていって」
「姪御さん?」
「もうすぐ三歳になるんだ。妹の子」
「そうなんですか」
緊張していた場が和んだ。旭は大切そうにぬいぐるみを手にして座る。
車内では、殺人事件がニュースとして流れている。チャンネルを変えようとした清瀬だが、旭に止められる。名のある企業の役員が殺害されるというセンセーショナルなニュース。旭はそれを無言で見つめている。巻き込まれた息子がいることは、当局が伏せているから、旭のことは知られないだろう。しかし地元や大学など、旭を知るひとたちはいる。しばらくは清瀬のもとにいたほうが静かでよさそうだ。
「・・・父母とは、あまり折り合いがよくなくて」
「うん?」
「殺されたと聞いてショックだけど・・・悲しい、という思いは、正直あまり沸いてきません・・・」
悲しめない己を恐れているかのような言い方だった。