慟哭の箱 1
力ない返事に頷き返し、清瀬は努めて静かな声で尋ねた。
「どこまで覚えているのかな。昨夜はどう過ごした?」
通報があったのは午後十時すぎ。それまでの足取りを尋ねる。
「バイトへ・・・行ってました。ドラッグストアの」
「何時までの?」
「九時にあがりました。それから、たぶん家に戻ったと思うんですけど・・・」
「バイトのあとのことを覚えていないのか」
「はい・・・俺は大学に進学してから一人暮らしをしています。なぜ離れて暮らす両親と会っていたのか・・・それも思い出せません。そんな約束はしていなかったし・・・」
どこまで信じるべきか、と刑事としての冷徹な感情がわきあがる。忘れたふりをしているようには見えない。だが、彼の話を信じていいのだろうか。
「・・・何もわからないんです、なぜ両親が死んだのか、自分が雨の中で倒れていたのか・・・何も・・・思い出せないんです・・・」
頭を抱えて震える旭。黙っていた女医が立ち上がり、清瀬に向かって目配せした。出ろ、と促している。
「ありがとう。少し休むといい」
旭にそう声をかけて、女医とともに病室を出た。
「詐病の可能性は?」
「おそらくないわ。あの子は本当に忘れている」
防衛本能だと女医は言う。恐ろしい体験をし、心が壊れてしまわないように忘れ去ろうとしてしまうのだ。
「いつか思い出しますか?」
「わからない。とにかく、無理やり聞きだそうとしないで」
仕方がない。清瀬はそうしますと従う他なかった。