慟哭の箱 1
病室の前に秋田がいた。難しい顔をして腕組をしている。
「おお清瀬」
「秋田さん、どうです。彼は何か思い出しましたか」
秋田が黙って首を振る。
「覚えておらんようで混乱しているな。医者からも、無理やりに記憶をほじくりかえすなと念を押されたよ。恐ろしいもんを見て心が防衛本能を働かせているのではないかとのことだ。須賀旭本人がおまえになら話すというのだから、頼みたい。ただし医者が同席することが条件だそうだ。こっちは早いところ容疑者の情報を集めなきゃならんというのに」
了解しました、と扉に手をかけたところで、秋田に呼び止められる。
「いま親族がこちらに向かっているんだが・・・旭は須賀夫妻の実子ではないそうだ」
「え?」
「旭は7歳のときに養子として迎えられた孤児だったらしい。そのへんも頭において、頼む」
「わかりました」
実子ではなく養子だった。その点も捜査上重要なポイントになりそうだった。
「・・・清瀬さん、」
「やあ」
扉を開けると、昨夜の姿のまま、旭はそこにいた。痩せた肩、色素の薄い肌は疲労とショックから殆ど白くなっている。輪郭がぼやけたような存在感。疲れた目元に生気はない。
「刑事三課の清瀬です。話をしても構いませんか」
清瀬は旭のそばに座っている女医に尋ねる。まだ年若そうな女医は、短いため息とともに承諾した。美人だが、不機嫌さを隠そうともしない。聞けば精神科の医師のようだ。怪我よりも心に大きなダメージを負っているらしい旭のケアを行うという。
「構いませんが、無理をさせないで。ったく昨夜の刑事どもときたら・・・」
怒っている。清瀬を睨みつけるように見てから、彼女は席を譲ってくれた。
「おはよう。気分は?」
「・・・ええ、少し落ち着きました。すみません、名指しでお呼び立てしてしまって・・・」
「そんなことはいいんだよ」
申し訳なさそうに頭を下げる旭。
「・・・ご両親のことは残念だったね」
はい、とかすれた声で応じた後、彼は俯いてくちびるを震わせた。両親を殺されたのだ。衝撃は並大抵のものではないだろう。渇いた瞳が悲しみに染まっている。
「きみは何も覚えてないって聞いたけど」
「・・・はい」
「昨日されたのと同じ質問の繰り返しになるが、いいかな」
「・・・はい、どうぞ」