生と性(改稿版)
恵美の怪訝な顔を察して、洋一が言った。
「多重人格?」
「ええ、僕の中には七人の別人が存在しているんです。竜二もその一人です」
「そ、そんなことって……」
「他の人格に乗っ取られている間の記憶はないんです。だからいつも自分が何をしでかしているか気が気じゃなくて……。一番、乱暴なのは竜二らしいんです。竜二のお陰で僕は散々な目に遭いました。高校も中退する羽目になったし、僕は竜二のせいでうつ病にまでなってしまいました」
「私はね、あなたを告訴してもいいと思っているのよ」
「僕も竜二を殺してしまいたいほど憎い。でも竜二も僕も同一人物なんですよ」
ふと、恵美は洋一の腕を見た。そこにはリストバンドが巻かれていた。
「ああ、これね……」
洋一がリストバンドを外した。そこには蚯蚓(みみず)腫れの傷跡があった。
「僕が死ねば、竜二も死ぬと思ってね。でも人間って手首を切ったくらいじゃ簡単に死ねないもんですね」
洋一が自虐的に笑った。だが、恵美の瞳は真剣だった。
「今のあなたに謝罪してもらっても、何の意味もないわ。でも……」
恵美がそう言いかけた時、「野崎洋一さん」と診察室から呼ばれた。
「いいわ。また私に会って頂戴。明日の午前十時、百日台駅前の喫茶店『純』に来て。来ないと本当にあなたを告訴するからね」
それは脅しに近かった。恵美は洋一を見据え、睨みつけるようにして言った。洋一は「はい……」と気のない返事を返し、診察室の向こうに消えていった。恵美はそれを目で追った。
翌日、洋一は時間よりかなり早く喫茶店に到着していたようだ。恵美が喫茶店に入った時、洋一はアイスコーヒーを啜りながら、小説を読んでいた。
「ちゃんと来るとは、洋一の方は誠意があるようね」
恵美は座りもせず、洋一を見下ろした。洋一は「どうも」と言って、読みかけの小説を閉じた。
「今日は私に付き合ってもらうわよ」
「いいですよ。竜二のしたことの尻拭いには慣れていますから……」
「じゃあ、外に出ましょう」
洋一はアイスコーヒーの会計を済ませ、恵美の後に続く。
「あのー、どこへ行くんですか?」
「ラブホテルよ。駅裏にある」
「えーっ、ラブホテル? 僕そんなところ……」
「行ったことあるわよ。竜二に乗っ取られている間にね」
恵美のヒールの音が高架線の下でカツカツと響いた。
この駅の裏手にはラブホテルが乱立している。風俗店も多かった。それは以前「青線地帯」だったからに他ならない。
恵美は洋一の手をグイと引っ張ると、ラブホテルの中に入っていった。
しわがれた手だけしか見えない女性から、鍵を貰い、部屋へ向かう。そこは昼夜も季節もない部屋だった。
「さあ、裸になりなさい」
「えっ?」
「シャツから靴下まで全部脱ぐのよ」
「パ、パンツもですか?」
「当然でしょ。さあ、さっさと脱ぐ!」
恵美はそう言うと、洋一の衣服を脱がせていく。Tシャツ、そしてズボンのベルトに手を掛ける。
「後は自分で脱ぐよ」
恥ずかしげに訴える洋一であったが、恵美は容赦なくブリーフも引き下げた。
「ふん、これね。私を犯した持ち物は……」
洋一はすぐに手で股間を隠す。だが、恵美は「手をどけなさい」と一喝した。すると、洋一は素直に従った。
「はい、靴下も脱いで。全裸になるのよ」
洋一はまめな性格らしく、脱いだ服をきちんと畳んだ。その上に靴下を置く。
恵美はバッグを弄った。恵美が取り出した物。それは玩具の手錠だった。
「ちょ、ちょっと何するんだよー」
「いいから、私の言うとおりにしなさい!」
哀れ洋一は後ろでに手錠をかけられてしまった。恵美はその体勢の洋一を、ベッドに突き倒した。
「今日は私があなたを犯してやるわ。竜二が私にしたみたいにね……。竜二のツケよ」
「乱暴なことはやめてくれ!」
「あなたが素直に言うことを聞けばね……」
そう言いながら、恵美はスカートのホックを外した。洋一は恐れ戦いている。洋一の喉がゴクリと鳴ったが、それは性的興奮によるものではない。恐怖に対する緊張の表れであった。
恵美もまた全裸となった。そして洋一の上に圧し掛かる。そして、恵美は洋一の顔の上に跨った。女陰を洋一の口に押し付ける。
「さあ、舐めなさい」
洋一の口がモゴモゴと動いた。何かを言おうとしている。恵美は少し腰を浮かした。
「プハーッ、く、苦しい……!」
洋一は苦悶の表情を浮かべている。
「苦しいですって? 私が竜二に犯された時はもっと苦しかったのよ!」
恵美は竜二に無理矢理、口にペニスを押し込まれた時のことを思い出していた。恵美は再び、股間を洋一の口に押し当てた。
「さあ、舐めるのよ。私がその気になるまで、入念にね」
洋一が「ウー、ウー」と呻いた。その舌の動きは稚拙そのもので、洋一自信は女を知らないとも思われた。
「もっと気合を入れて舐めなさい!」
恵美が叱咤する。するとどうだろう。今までの舌業が嘘のように滑らかになった。
「ああん、やればできるじゃない……」
「くくく、美味い汁だぜ……」
その声にハッとし、恵美は洋一の顔を見た。するとどうだろう。洋一の目つきは険しくなり、今まで穏やかで気弱そうな人相とは別人のようだ。
「ふん、たまにはこういうのもいいかもな」
恵美は洋一の中の竜二が目覚めたことを悟った。
「あなた竜二ね?」
「ああ、俺はいかにも竜二だ」
恵美が腰を上げた。そして竜二となった洋一を睨みつける。
竜二は自分の脱いだ服をチラッと見た。
「ふん、洋一の奴は相変わらずセンスのない服を着てやがるぜ」
「あなたに洋一を批判する資格はないわ」
「で、俺をどうしようってんだ?」
「犯すのよ……」
恵美は尚も竜二を睨みつけている。
「ふはははは、こいつは傑作だ。こちらからお願いしようじゃねえか」
「今に泣きを見るから……」
恵美はそう言うと、反り返ったペニスに指を添えた。そして唇で包み込む。舌と唾液を絡め、竜二のペニスをしゃぶる。ジュプ、ジュプと淫靡な音がこだました。
「おお、あんたのフェラテク、なかなかじゃねえか……」
竜二が感嘆の声を漏らす。おそらく洋一はマスターベーションなどしていなかったのだろう。それはすぐにでもはちきれそうだった。恵美はペニスが武者震いのように震える前触れを察知していた。
「おお、出る、出るぞ!」
竜二が呻いた。だが、次の瞬間には恵美は愛撫を止めてしまう。
「何だ、イカせてくれねえのか?」
恵美は待った。竜二のペニスが衰えてくるのを。だが、全裸の恵美を前にして、竜二のペニスは衰えることを知らなかった。時々、ピクン、ピクンとペニスが跳ねる。
恵美は再び竜二のペニスを咥えた。そして舌と口唇で扱き上げる。
「おおっ、んんっ……」
竜二の口から喘ぎ声が漏れる。ペニスは再び射精に向けて、その容積を増していた。だが、恵美は射精直前で愛撫を止めてしまうのだ。
「いつまで俺を苦しめる気だ?」
竜二が苛ついた声で言った。
「そうね。あなたから『ごめんなさい』の言葉が聞けるまでかしら」