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生と性(改稿版)

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「そこまで社会が成熟していないってことよ。知的障害者も軽度だったら福祉的就労もできるけど。重度となれば良くて作業所、在宅の人も多いんじゃないかな。施設なんかに入れるのはごく一部の人だけだよ。まあ、施設がいいとは言えんがね。日本って国は障害者がまだまだ暮らしにくい国なのさ。俺だって会社で差別とかあるもん」
「えー、バリバリやってるんじゃないの?」
 恵美が笑いながら、哲夫の肩を叩いた。哲夫の顔は笑っていたが、瞳は笑っていなかった。
「仕事でな、ちょっと高い棚の部品とか、たまに必要になる時があるんだよ。そういう時は健常者の社員に取ってもらうしかないんだけど、あんまり度重なると『またかよ』みたいな顔されるんだ。それに去年の忘年会だってビルの三階にあるスナックだぜ。しかもエレベーターなし。行きは皆が車椅子ごと担いでくれたけど、帰りにはみんなレロレロでさ。置き去りにされて、ママの危なっかしい介助で階段を下りたんだぜ。仕舞いには放り出しやがんの。あの時にはさすがに頭にきたな。まだまだこの国じゃ障害者は苦労するよ。ノーマライゼーションなんて言葉があるけど、随分と薄っぺらで浸透していない感じだな」
「ふーん、新城さんもそれなりに苦労してるのね。何かバリバリに働いて、障害者のエースみたいな印象だけど……」
「俺がエースなもんか。うちの会社は障害者を雇用すると補助金が貰えるんで、それ目当てなのさ」
「そっか。何か辛気臭い話になっちゃったわね」
「おう、飲みなおし、飲みなおし。俺、次は八海山でいくわ」
「あ、私も八海山!」
 そこに恵美が注文した厚揚げのチャンプルが運ばれてきた。
「これ、イケるのよ。よかったらつまんで」
「ほう、初めてだ」
 哲夫がにこやかに箸を伸ばした。

 二度目の目覚まし時計の音で目覚めた恵美は、けだるそうに身体を起こした。昨日のアルコールがまだ少し残っている感じだった。
(ああ、今日は昇一さんの予約が入っているんだっけ……)
 恵美は「はあ」とため息をついた。そして、キッチンへと向かう。食パンを焼かず、マーガリンを塗って食べる。冷蔵庫から牛乳を取り出した。
 川島昇一も恵美の顧客の一人で、脳性小児麻痺による全身の麻痺や不随意運動が見られた。今、昇一は親元を離れ一人暮らしをしている。それを本人は「自立」と言っていた。しかし、全身に麻痺がある昇一が働けるわけもなく、収入は障害年金と生活保護に頼っていた。障害年金の振込みがあると、必ず恵美に連絡をよこすのだ。
 実のところ、恵美はあまり昇一が好きではなかった。いつも滔々と独自の障害者福祉論について述べるのだが、それはいささか一般常識からずれたところがあるのだ。
 昇一は障害者の当事者団体にも所属し、それなりの活動もしているようだった。昇一を通じ、顧客の拡大に繋がったことも事実である。しかし、昇一の権利意識の高さには、恵美もへきへきとすることが度々あった。何が何でも自分の要求を押し通そうとするのだ。それはセックスに関しても同じだった。
(どこかで、捻れている……)
 そんなことを思いながら恵美は牛乳を流し込んだ。

「ほら、もっと股を開いて」
 昇一は恵美の女陰を覗き込みながら言った。
「恵美さんのここは、いつ見ても綺麗だな。そうだ、今日はプレゼントをやろう」
 そう言って昇一が持ち出してきたのはバイブレーターだった。おそらく、通信販売か何かで購入したのだろう。それは黒く光る人造のペニスだった。
「ちょっと、昇一さん。そんなもの使うのはやめて……」
 恵美は塩化ビニールのその物体を見て、困惑したように言った。
「くくく、こいつで気をイカせてやるからよぉ……」
「お願い、やめて」
 恵美の言葉は哀願に近かった。だが、昇一は無遠慮にバイブレーターを押し付けてくる。恵美のそこはまだ乾いていた。それを無理に押し込めようというのである。
「ちょっと、痛い、痛いわ」
「気持ちよくないのか?」
「そんなもの急に押し込まれたって気持ちいいわけないでしょ……」
 恵美はむくれたように言う。
「けど、高い金出して買ったんだ。今日はこれを使うぜ」
 昇一は一度言い出したら聞かない性格だった。昇一は尚もバイブレーターを押し当て、挿入しようとしている。まだ湿ってない膣壁が無理矢理こじ開けられ、異物が侵入してきた。
「あうっ、くうっ……」
 それは肉襞が引き攣れる時に漏れた、苦痛の喘ぎ声だったのだが、昇一を興奮させるには十分だったようだ。昇一は「ほれ、ほれ」と言いながら、バイブレーターを奥へ、奥へと挿入してくる。
「ひいっ……!」
 昇一がバイブレーターのスイッチを入れた。すると人造のペニスは、なまめかしい動きをしながら、恵美の膣内を掻き乱すではないか。
「どれ、気持ちがいいだろう。ほれ、気をイカしてもいいんだぞ」
 昇一が淫らな口調で言う。恵美は下唇を噛み締めながら、バイブレーターの振動とうねりに耐えた。だが、恵美はもともと「セックスが好きな女」だ。バイブレーターのなまめかしい動きに、女の中枢が呼応するのに時間はかからなかった。
「ああん、んんっ、ふぁあー……」
 恵美の口から甘いため息が漏れ始めていた。それに気を良くしたのだろう。昇一が更に奥へとバイブレーターを突き上げる。
「あひいぃぃぃ……!」
「くくく、感じているようだな。いい湿り気具合だぞ。恵美さんはこうでなくっちゃ」
 昇一が満足そうに笑う。恵美は薄目を開けた。そうでもしなければ、快楽に完全に身体が支配されてしまいそうだったのだ。見れば昇一は既に勃起している。その身体に麻痺は残っていても、生殖本能だけは立派に機能しているのだ。
「くうーっ、たまんねえ!」
 昇一がバイブレーターを引き抜いた。そして、そのまま恵美に覆いかぶさる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。コンドーム!」
 恵美は慌てて叫んだ。しかし、覆いかぶさった昇一は起立したペニスを膣口へと押し当ててくる。
「なあ、生でやらせてくれよ」
「それだけはダメ!」
 恵美は腰を振って昇一から逃れようとした。だが、昇一は尚も執拗に、ペニスを押し当ててくる。
恵美は「性介助」でセックスをする時、必ずコンドームを使用していた。それは自分に課した倫理でもあり、客に求めるルールでもあった。それを昇一は今、破ろうとしているのだ。
「くそ、入らないな……」
 昇一は焦れながらペニスを押し付けていた。
「いい加減にして頂戴!」
こうなっては仕方なかった。恵美は勢いよく、昇一を突き飛ばした。華奢な昇一の身体は紙風船のように飛ばされた。
「何をするんだ!」
 欲求の捌け口を失った昇一は怒鳴った。そして、また恵美に組み付こうとする。しかし、今度は恵美が身体をひらりとかわした。
「いい加減にして頂戴。コンドームを着けなきゃ、今日はなしよ」
「どうしても生はだめか? もし妊娠したら堕胎すればいいだろう。その時はその時で金は払うぜ。貯金はこっそりしているんだ」
「何ですって?」
 恵美は呆れて言葉を失った。「妊娠したら堕胎すればよい」という昇一の理論は、あまりに身勝手に思えたのである。
作品名:生と性(改稿版) 作家名:栗原 峰幸