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生と性(改稿版)

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「そりゃ、私だって昭雄には幸せになってもらいてえだ。だが難しいな。結局は親の監視がないと、何をするかわかったもんじゃねえ」
 母親は伏目がちに俯いた。
「お母さんも昭雄さんをもっと信用してあげてください。案外、ゆっこちゃんとは上手くやっていけると思いますよ。この前、テレビで知的障害者同士が結婚したケースを特集でやっていました。課題は山積みだと思いますが、必ず知的障害者同士でも幸せになれると思います」
 恵美は力の篭った目でそう言った。
「恵美さんにそう言ってもらえると、こっちも少し気が楽になるだよ。あの子の幸せを真剣に考えてやらんといかんな……」
 恵美は昭雄の母親が徐々に変わりつつあることを感じ取っていた。

 ある日の夕方、内田豊の「性介助」を終えて、家に帰る途中で恵美の携帯電話が鳴った。見知らぬ番号だったが、新たな客かもしれないと思い、恵美は電話に出た。
「もしもし、初めまして。萩原真治と申します」
 それは温厚そうな中年男性の声だった。
「高田ですが……、何か私に御用かしら?」
「ええ、ちょっと相談に乗ってもらいたいことがありまして……」
「じゃあ、今日の午後六時に百日台駅前の喫茶店『純』まで来られるかしら? そこでゆっくりお話しましょう」
「わかりました。午後六時に喫茶店『純』ですね。よろしくお願い致します。あ、私、眼鏡を掛けてグレーのスーツを着ていますので……」
 真治の言葉は丁寧だった。その人間の温かみが受話器の向こうから伝わってきた。
 恵美はそのまま喫茶店「純」に向かった。これから向かえば丁度、午後六時くらいに着くはずだった。
 萩原真治なる中年男性は妻と思しき女性を連れて、既に喫茶店に来ていた。眼鏡を掛けてグレーのスーツを着た男はすぐにわかった。
「初めまして、高田恵美です」
 恵美は真治に丁寧に頭を下げた。すると、真治は立ち上がり、「初めまして、萩原真治です」と深々と頭を下げた。物腰一つ一つが丁寧な男だった。
 恵美はミルクティーを注文する。
「以前から高田さんの噂は耳にしていたんですが、先日のニュースを見ましてね。やはりご相談に上がろうと思ったんですよ。こっちは家内の京子です」
 京子は恵美に頭を下げた。恵美は先日、居酒屋で観たニュースを思い返していた。
「で、ご相談って何かしら?」
「実は家内は障害者ではないのですが、子宮癌で子宮を全部摘出してしまったんですよ」
「それで?」
「それからというもの、家内は不感症になりましてね。夫婦生活の危機が訪れているんです。私は恥ずかしながらこの歳でも性欲はそれなりにありましてね。かといって、風俗に行くわけにはいかないし、浮気をする気もない。家内のこと、愛しているんです。何とか、不感症になった家内と、そのー、セックスできないかと……」
「難しい問題ね……。メンタル的な問題を多分に含んでいると思うけど……」
「そうなんです。元々、家内はセックスを拒むような女性じゃなかったんです。それが子宮を摘出してからは、その気になれないと言い張るばかりで……。私としても困っているんです」
「うーん……」
 恵美は腕組みをして考え込んだ。
「あのー、家内はフェラチオもやってくれるんですが、やはり下の方になるとどうしても拒否反応を示してしまって」
 京子はただ顔を赤く染めている。
「あのねぇ、私はセックスカウンセラーじゃないのよ。こうなったら、奥さんにも覚悟が必要だと思うの」
「覚悟……ですか? 私もセックスはしたいと思うんですけど、どうしても身体が拒否反応を示して……」
 京子がやっと口を開いた。恵美に方策が浮ばなかったわけではない。だが、それは通常の性行為からは、やや逸脱するものだったのである。
「アナルセックスなんてどうかしら?」
「アナルですか?」
 二人の夫婦は顔を見合わせた。
 恵美は学生時代に付き合っていた男性とアナルセックスの経験があった。その感触は決して悪いものではなかった。肛門という排泄器官で交わることに抵抗を示す人もいるかもしれない。しかし、恵美には高等生物のみに許された快楽のような気がしたのである。肛門は立派な性感帯だと恵美は思っていた。
 子宮を摘出され、女陰では感じることが出来なくなったならば、その肛門を使ってみる価値はあると恵美は思ったのである。
「まあ、これは人によって好き嫌いはあると思うけど、私はアナルも性感帯だと思うの」
「そういえば……」
 京子が何かを思い出したように言った。
「そういえば、子宮癌で検診した時、大腸に転移していないか検査したことがあるの。その時、お尻からファイバースコープのカメラを挿入されて、何か不思議な気持ちになったわ」
「不思議な気持ちって?」
「気持ち良かったの……。アナルセックスなら出来るかもしれないわ」
「お、お前……!」
 驚愕しているのは旦那の真治の方だった。
「どう? 旦那さんが嫌じゃなければ、やってみる価値があると思うけど……」
 恵美は真治の顔を覗き込んだ。
「私はそのー、構わないけど……。アナルか。アナルねぇ……」
 真治の態度は煮え切らない。恵美は真治の方が抵抗を示しているようだった。
「奥さんが望んでいるんだから、やってみれば? コンドームをすれば大丈夫よ。逆にしないと、雑菌性尿道炎になるわよ」
「わかりました。やってみましょう」
 真治が膝をポンと叩いた。恵美はバッグからローションを出した。
「使いかけだけど、良かったら使ってみてはどうかしら?」
「これは……?」
「ローションよ。アナルに挿入する時、必要でしょう」
「何から何まで、ありがとうございます。これは少ないですが相談料ということで……」
 真治が熨斗袋(のしぶくろ)に入った謝礼を差し出した。恵美は微笑んでそれを受け取った。

 その翌日、真治から恵美に電話が入った。
「アナルセックスは大成功でしたよ。家内も喜んでくれました。私も満足です」
「それはよかったですね」
「いやー、恵美さんのお陰です。本当にありがとうございました」
 恵美はいつから自分はセックスカウンセラーになったのだろうと苦笑した。だが、子宮という「女の核」を失くした女性が、再び「女」になれた喜びを恵美は共有することができたような気がしていた。そればかりではない。恵美は今までアナルセックスが非常に「淫らな行為」に思えていたのだが、萩原夫婦を見ていると、それは新たな性の開拓とも思えたのである。恵美は人間の性欲がどこまでも尽きないことを改めて実感したのだった。
 恵美は気分が良かった。こんな日は球磨川沿いを散歩してみるのも良い。恵美は今日、フリーだった。「性介助」の予約は入っていなかった。
 恵美が球磨川沿いを散歩していると、ふと、市営住宅が目に入った。美佐子が暮らしている市営住宅だった。瀬谷隆と遠矢美佐子は結婚し、今、この市営住宅の障害者用住宅で暮らしている。ちょっと、美佐子の顔を覗いていくのも悪くないと思った。
 美佐子は窓際の部屋でパソコンに向かっていた。おそらく、翻訳の仕事でもしているのだろうと恵美は思った。邪魔するのも悪い気がしたが、恵美はその窓をノックした。
「恵美ー!」
 美佐子は嬉しそうな顔をして、車椅子を漕ぎ、窓を開けた。
作品名:生と性(改稿版) 作家名:栗原 峰幸