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生と性(改稿版)

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「久しぶり。お腹、目立ってきたね」
「そう? この頃、動くのがわかるのよ……。こんなところで立ち話も何だから、中に入って」
 恵美は美佐子の家に上がった。美佐子は車椅子を器用に操り、キッチンへ行くと、恵美に紅茶を淹れてくれた。それを恵美は「ありがとう」と言って啜った。
「でも、赤ちゃんが産まれると何かと手狭じゃない? この市営住宅……」
「もともと世帯向けじゃないからね。隆がここに住みたいって言ってくれたのよ。私が引越しするのも大変だったし……」
「優しいのね、隆君」
 美佐子は舌をチロッと出して、「まあね」と笑った。
「で、恵美の方はお仕事、順調なの? また警察に捕まったりしていない?」
「刑事さんもね、私には一目置いているみたいよ。いつか『必要悪』なんて言われたわ。私はこの仕事が悪いことだなんて思ってもいないんだけどね」
「世間には色々な取り方をする人がいるってことよ。でも恵美の仕事は大変で崇高な仕事だと私は思うわ」
「でもね、特に知的障害の人なんて、一度セックスの快楽を覚えたら、今後も固執する場合もあると思うの。そうすると、『変なこと覚えさせちゃったかなぁ』なんて心配になったりもするのよ」
「うーん、難しい問題ね。でも性欲は人間の根本的なところに根ざす欲求だから仕方ないんじゃない? 一人でいつまでも悶々としている方がよっぽど可哀想よ。私だって車椅子生活になってから性欲がなくなったわけじゃないのよ。恵美に手伝ってもらったのはセックスが上手くいかなかったからで、やっぱりセックスはしたかったもん」
 美佐子が神妙な顔つきになって、恵美を見つめた。恵美は気圧されて、思わず頬の筋肉を緩めた。
「確かにね。私は性欲が強い方だから、この仕事を思いついたけど、やっぱり必要とされているのは事実なのよね。私は性欲を「悪」だとか「恥」だとかは思わないんだけど、そこで葛藤する人も多いもんね」
「あら、私だって随分と悩んだのよ。普通、他人に相談できる内容じゃないでしょ? セックスの介助なんて……。その壁を越えられた人は性欲の解消ができるのよ」
「そっか……」
「身体障害者の中には風俗に通う人も多いらしいわ。優良な風俗店は障害者も受け入れてくれるって話よ」
「でしょうね……。私の『性介助』は風俗とは違うわ。お互いがお互いを認め、性欲の昇華という目的に向かって、自己実現の一部を担うのよ。確かに私は『セックスが好きな女』よ。だからこそ、『悪』とか『恥』とかいう概念を取り払ってこの仕事ができるの」
 そう語った恵美の瞳は力強い瞳に戻っていた。
「ふふふ、恵美は恵美の道を進んでいくのが一番良いと思うわ。この仕事は恵美にしか出来ないもの」
「それも困るのよ。私みたいな人間が他にもいてくれないと……。自閉症の子がね、私が警察に捕まったり、車に轢かれそうになったりして、しばらく『性介助』のキャンセルが続いたらパニックを起こしちゃったのよ。後継者問題は私の中では深刻なの。いつまでも出来る仕事じゃないし。私も本音を言えば、そのうちは幸せな結婚をしたいのよ。結婚したら引退するしかないじゃない。そうなった時、後継者がいれば安心だなぁ……」
 恵美が紅茶を啜った。美佐子は「ふう」とため息をつくと、車椅子を漕いで、恵美の隣に並んだ。
「ねえ、お腹に耳を当ててみて……」
 美佐子にそう言われ、恵美は美佐子の膨らんだ腹に耳を当てた。すると、胎児の動く音が聞こえてきた。
「あっ、動いてる、動いてる……!」
「でしょ。この生命はね、隆からもらったものなんだけど、恵美からもらったものでもあるのよ。恵美の『性介助』がなかったら、この生命が宿ることはなかった……」
 恵美が美佐子の顔を真剣な瞳で見上げた。
「恵美の仕事は崇高な仕事よ……」
 恵美はにっこり笑って、頷いた。

 その日の尚樹は猛々しかった。いつの間に学習したのだろうか、恵美が騎乗位でまたがっても腰を突き上げるような動作を繰り返していた。その怒れる欲望の塊は恵美の子宮を激しく突き上げていた。
「ああっ、尚樹さん、いいっ、もっと、もっとーっ……!」
 恵美の子宮は痺れ、脳髄も麻痺しそうなくらい激しい交わりだった。恵美の頭の中は空白に近づいていた。
(ああ、これが『男と女』の交わりなんだわ。そこに障害者も健常者もない……)
 恵美は薄れ行く意識の中でそんなことを考えていた。尚樹は激しく腰を突き出し、「おうおう」と呻いている。
「ああっ、イッちゃうーっ、イッちゃうーっ……!」
 恵美の喘ぎ声は絶叫に近かった。恵美の中に白い飛行機雲が一筋流れるイメージが広がった。次の瞬間には頭の中が真っ白になっている。
「お前はそこにいたか?」
 その正体不明の声を聞いて、恵美はハッとした。横田栄三郎と交わった時にも聞こえた声だ。
「お前はそこにいたか?」
 その声は尚も恵美に問いかけてきた。性的興奮が極地に達し、絶頂を迎える時にその声は聞こえるのだ。恵美にはその声の主が誰であるかわかりかけていた。
(いいえ、そこにいなくてもいいのよ。これも私の姿なんだから……!)
 恵美は心の中でそう叫んでいた。声の主は少し気弱に言う。
「お前はそこにいたか?」
 尚樹のペニスが震えた。射精したのだ。
「尚樹さーん……!」
 恵美の身体が仰け反った。もう、声は聞こえなかった。聞こえるのは尚樹が射精した時に発する笑い声だけであった。

「いつも済まないわね。大変でしょう、あんな子の相手をするのは……」
 尚樹の母親がいつものことながら紅茶を淹れてくれた。
「いいんですよ。私も楽しんでいるんですから。それに『あんな子』なんて言い方はやめてください。尚樹さんは尚樹さんなりに必死に生きているんですよ。『性介助』をしていると、それがよくわかるんです」
 恵美は屈託のない笑顔を浮かべて答えた。それは、紛れもない恵美の本心だった。
「ごめんなさい。自分の子ですものね……。でも、恵美さんに迷惑を掛けているんじゃないかという気持ちがいつもあるんです」
「お母さん、ご心配なく。全然、迷惑なんかじゃないですよ。尚樹さんは立派な男の人です。お客さんと私はいつも楽しんでいるんですよ。障害者の性欲がそこにある限り、私は存在するんです。この仕事はまだまだ続けますから、お母さんもご安心ください」
「ううっ、ありがとうございます……。何か、恵美さんにはいつも元気を貰うわ」
 母親はハンカチで目を拭った。そして、何気ない仕草で謝礼を渡す。恵美が微笑を絶やさずにそれを受け取った。
 その時、恵美の携帯電話が鳴った。内田豊からの電話だった。
「もしもし、高田です」
「どうも、内田です。今日確か、恵美さんが来てくれる日だったよね」
「ちゃんと覚えているわよ。これから向かいます。それにしても豊さん、随分と明るくなったんじゃない?」
「そうかな? 自分でも何か吹っ切れたような気がするんだ。これも、恵美さんのお陰かな。今日、ボランティアさんに頼んでシャワー浴びといたから……」
「お気遣い、どうもありがとう。それじゃ、これから向かうわ」
 そう言うと恵美は電話を切った。
「それじゃ、今日はこれで失礼します」
 恵美は尚樹の母親に頭を下げた。
作品名:生と性(改稿版) 作家名:栗原 峰幸