生と性(改稿版)
テレビでは障害者が女性を車で轢こうとして逮捕された件についてを報道をしていた。川島昇一の一件だ。当然、恵美の目はテレビに奪われた。
「そもそもですね。女性が被告に『性介助』などしなければ、このような問題は起きなかったんじゃないでしょうか?」
アナウンサーが画面の中で眉間に皺を寄せていた。するとコメンテーターの大学教授が言う。
「障害者の性の問題は今までタブー視されてきましたし、非常にナイーブな問題だと思います。まあ、障害者の性的介助を商売にしている女性がいる。そのこと自体、私には驚きなんですが、きちっとね、システムを構築してやるべきだと思います。社会が目をそむけてきた問題に今、こうしてスポットが当てられている。それ自体は良いことだと思いますよ。ただ、その女性の場合、法律的に売春防止法に引っ掛からないか問題だと思いますがね。やるなら、風俗営業法の届出をしてきちんとやるべきだと思います」
その大学教授は滔々と持論を展開していた。
「すると、障害者の『性介助』は必要だと? 風俗に通えば済む問題だと思うのですが……」
アナウンサーが大学教授に詰め寄る。
「風俗まで通えない障害者もいますからね。人間誰しも性欲があるわけで、障害者だけ取り残されるのはおかしいと思います。今までは『臭いものに蓋をする』ように、障害者の性問題は論じられる機会が少なかったのは事実です。風俗に行ける障害者はごく一部ですから、残りの人たちをどうするかという問題がありますね。課題は山積みですが、障害者の性を開放するような社会のシステム作りが求められているのだと思いますよ」
「それでは潜在的なニーズは沢山あるということでしょうか?」
「まあ、そうだと思いますよ。性欲は食欲、睡眠欲と並んで人間の三大欲求の一つですから、そこだけ障害者が取り残されるのは、障害者も健常者も当たり前の生活を送り、自己実現を果たすというノーマライゼーションの理念からも好ましくないと思います」
「なるほど。しかし先生、これは相当にナイーブで難しい問題ですね」
「そうですねぇ。まだ時間がかかる問題かもしれませんね」
「しかし、先生の言うようなシステム作りは果たして可能なんでしょうか?」
「それは今後の課題ですな」
「それでは次のニュースです……」
アナウンサーがカメラに向き直った。
(システム作りなんて、何綺麗ごと言っているのよ。今後の課題なんて言って、出来もしないくせに……。そんなことを机上で論じているから、障害者の性問題も後手に回るんじゃない……。アナウンサーもアナウンサーよ。真摯に障害者の性問題と向き合う姿勢が見られないわ。あれじゃ、嫌悪感丸出しじゃない。私はね、セックスを通じて障害者と生きる喜びを分かち合っているのよ。そんなこともわからないの?)
恵美は心の中で吠えていた。確かにコメンテーターの大学教授の言うことは正論かもしれない。しかし、福祉の発展はいずれもボランタリーな活動から始まっているのだ。恵美は自分でも確かに「セックスが好きな女」だと思う。だが、ボランタリーな精神がそこになくして、障害者とはまともに交われないとも思うのだ。特に山口昭雄の無洗包茎ペニスをフェラチオする時など、そこには少なからずボランタリーな精神が存在する。それに恵美の身体の中に疼く血が、障害者たちの欲求と融合して、この仕事は成り立つのだと思った。その目指す先はお互いの自己実現なのだ。顧客との信頼関係を築くという点では、恵美は性のソーシャルワーカーと言っても過言ではない。大学教授が言うような、ただシステムを作れば良いという問題だけではなかった。
恵美はビールを胃に流し込むと、日本酒を冷で注文した。日本酒はすぐ運ばれてきた。恵美はホヤ酢を箸で摘んだ。それを肴に酒を流し込む。恵美の心の色は、沢山の絵の具を一度に流し込んだような、グチャグチャな色合いだった。
(はあ、テレビなんかに負けていられないわね……)
恵美は日本酒をお猪口に手酌で酒を注ぐと、グイと飲み干した。
恵美は正式に「性介助」の仕事を再開した。葛藤がなかったと言えば嘘になるが、それでも走り出すしかなかった。
その日は生憎の雨だった。バスを降りた恵美は傘を差して山口昭雄の家に向かった。
玄関は相変わらず鍵がかかっていなかった。扉を開けながら、「ごめんください」と声を掛ける。奥から昭雄が小走りに土間まで出てきた。
「お姉さん、こっち、こっち!」
「昭雄、あまり急くでねえよ」
昭雄の母親が諌める。恵美は「いいんですよ。待たせちゃったから」と言って、土間から家に上がった。
「その後、ゆっこちゃんとはどうなの?」
「うん、うまくいってる。お姉さんに言われた通り、手をつなぐだけで我慢してるよ」
昭雄は上機嫌でそう言った。恵美は微笑を返す。昭雄は恵美の手を取ると自分の部屋へと引っ張っていった。
服を脱いだ恵美は、昭雄の好きなようにボディタッチさせていた。
「へへへ、お姉さんのおっぱい、おっぱい……」
昭雄はやはり乳房に固執していた。乳房を荒々しく揉み、乳首を吸う。それは恵美の官能の扉を開かせる仕草だった。
「ああん、昭雄さん……、上手よ……」
「そう、上手?」
昭雄は自信に満ちた嬉しそうな顔を上げた。
「下も……お願い……」
恵美は両脚を拡げた。昭雄は恵美の股間に顔を埋める。
「ああ……、いい……」
恵美が喘いだ。昭雄はここのところ、自信たっぷりに愛撫をする。以前はどこかおっかなびっくりだったそれも、今では立派な男の役割を自覚していた。
「お姉さん、フェラチオしてくれよ」
「いいけど、将来のためにセックスもちゃんとするわよ」
「わかってるよぉ……」
恵美は昭雄のズボンのチャックを下ろすと、ペニスを取り出した。真性包茎の矮小なペニスだ。恵美はそれを丁寧にアルコールを染み込ませたウエットティッシュで拭くと、目を瞑って咥えた。
ペニスは恵美の口の中で面白いように勃起した。包皮の先端を刺激する。昭雄はそれが感じるようだった。十分な硬さを確認してから恵美は言った。
「さあ、セックスをするわよ。昭雄さんも服を脱いで……」
昭雄は恵美に言われるがままに服を脱ぐ。身体の大きさの割りに小さな包茎のペニスが可愛らしかった。恵美はそのペニスにコンドームを被せた。
両脚を拡げた体勢で、正常位で繋がる。矮小なペニスは子宮口までは届かない。それでも昭雄は精一杯、抽送を繰り返していた。この行為が将来の昭雄とゆっこにとって、良い学習になるはずだった。恵美はそう確信していた。
昭雄の「性介助」を終えた恵美は、居間でテレビを観ていた母親のところへ行った。
「いつも有り難いこって……。恵美さんが警察に捕まった時は、こっちも心臓が縮み上がっただよ」
「その節はご迷惑をお掛けしました。お母さんと昭雄さんにも警察の前まで来ていただいて……」
恵美は深々と頭を下げた。母親は照れくさそうに笑った。
「昭雄もゆっこと上手くやっているだよ。最近、向こうの親からも苦情はなくてな。こっちはホッとしているだ。これも恵美さんのお陰だ」
「昭雄さんは養護学校を卒業したらゆっこちゃんと結婚したいと思っている気持ちは変わらないみたいですけど……」