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生と性(改稿版)

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「最高だった……」
 豊は感無量といったところだ。その顔は惚けていて、まだセックスの余韻に浸っていた。豊の目はまだ潤んでいた。
 臼井が豊を元の座椅子に戻した。血行の悪い足先に毛布を掛けてやる。
「いやー、よかった、よかった。ようやく豊さんも自分の欲求に素直になれて……。」
 哲夫が豊を称えるように言った。
「俺は今までのフラストレーションを一気に解放したような気がするよ。今まで我慢していた自分は一体何だったんだ。これからも恵美さんに頼みたいな。いやー、恵美さん、本当にありがとう」
 豊は心底、恵美に感謝しているようだ。どうやらセックスは豊の価値観をも覆すものだったらしい。
「俺たち、身体が不自由でも性欲は尽きないんだよな」
 哲夫が酒を煽る。
「性欲は食欲、睡眠欲と並んで人間の三大欲求の一つと言われているわ。何かに打ち込んでいる時って、あまり性欲は感じないっていう人も多いけど、人間って必ずしも四六時中、何かに打ち込んでいるわけじゃないでしょう。そういう時、性欲は頭を擡げてくると思うのよね。性欲は人間の根本的な欲求で、別に恥ずかしいことじゃないと思うの」
「俺には恥という概念がいつも纏わり付いていたんだ」
 豊が恵美の目を見て言った。だが、今の豊は清々しい顔をしている。
「動物にはそれぞれ発情期っていうのがあるけど、人間はいつでも発情期だね。俺なんか恵美さんと豊さんが奥の間で繋がっていると思ったら、ムラムラきちゃったもん」
 舐め回すような視線で、哲夫は恵美を見た。恵美にはわかっていた。哲夫もまた「性介助」を望んでいるのだ。
「フェラチオしてあげようか?」
「いいのかい?」
「もちろんよ」
「じゃあ、奥の間をちょっと拝借するか……」
 哲夫が身を捩って、奥の間まで這っていく。恵美が襖を閉めた。
 哲夫がズボンのチャックを下げた。恵美はそこからペニスを引き出す。勃起することのないそれは、一見、だらしなくぶら下がっているようにも見えるが、哲夫なりに男を誇示しているのだ。そのことを恵美はよくわかっている。
 恵美が哲夫のペニスを咥えた。哲夫は「おお」と呻いた。

 豊の家からの帰りも、恵美は臼井に車で送ってもらった。哲夫を下ろし、車中は臼井と恵美の二人だけだった。
 恵美の子宮はまだ痺れていた。その痺れは大脳を麻痺させ、より淫らな気分にさせる。
「臼井さんは私のこと、淫乱な女だと思う?」
「そんなこと思いませんよ。崇高な仕事をこなす、立派な方だと思っています。でなきゃ、章太郎さんにだって『性介助』の依頼をしなかったです」
 臼井はハンドルを握りながら、自分を納得させるように言った。
「崇高な仕事ね……。私もそう思っているわ。でもね、私の中の『女』が疼くのも確かなのよ。『性介助』の仕事をしているとね、どうにも我慢できなくなる時があるの。やっぱり私って淫乱なのかなぁ……」
「男だって我慢できない時がありますからね。お互い様でしょう。そんなことを言ったら人類はみんな淫乱ですよ」
 臼井が笑った。だが、恵美は首を傾げる。
「私の大学時代の女友達でセックスが嫌いっていう人もいてね」
「まあ、そういう人も中にはいるんじゃないですか? セックスはメンタルが影響する部分も多いですからね。好きな人とでないと、セックスは絶対にしないという男の人だって多いと思いますよ。その反対に女の尻ばかり追いかけている男も多いのは事実だと思います」
「そうね……。臼井さんはどっちのタイプ?」
 恵美が悪戯っぽい微笑を浮かべる。ちょうど、信号は赤だった。
「嫌だなぁ……。僕がそんなに軽い男に見えますか?」
 臼井は口元に笑みを浮かべていた。恵美も妖しい微笑を湛えている。
「人間の三大欲求の中で食欲や睡眠欲が一番だと言う人も多いけど、それは時と場合によると思うの。私、学生時代に付き合っていた男性と寝食を忘れてセックスに耽ったことがあるわ。性欲は時に食欲や睡眠欲をも凌駕することがあると思うのよね。そして、私の身体は今、最高に火照っているし、子宮は疼きっ放しなの……」
「え、恵美さん……」
 二人は見詰め合った。臼井の喉がゴクリと鳴った。信号は青に変わっていたが、臼井は気付かない。後続車にクラクションを鳴らされ、臼井はハッと我に返る。
 車は百日台駅裏のホテル街に近づいていた。

 その日、恵美は数人の「性介助」をこなし、二カ瀬町へと向かっていた。もうすぐ夕方になる頃だった。恵美の手には小さな花束が握られている。横田栄三郎の墓参りをするつもりでいたのだ。
 海は太陽の光を反射し、眩しく輝いていた。そんな光の反射を背に受けながら、恵美は坂を上る。辻角の主婦たちの視線は相変わらず冷たかったが、恵美はもう、それが気にならなくなっていた。この土地で生き、死んでいった者の墓参りをするのだから。
 無縁仏へ到着すると、そこに町役場の浅岡がいた。浅岡は無縁仏の周りの草をせっせと刈っている。どうやらこれも浅岡の仕事らしい。
「ああ、あんたは……、あの時の……確かヘルパーさん」
 浅岡は驚いたような顔をして、恵美を見た。
「栄三郎さんのお墓参りをしようかと思って……」
「きっと、喜びますよ。ここにお参りする人なんていないから」
「そう……。じゃあ、私が初めてなのかしら?」
「多分ね……」
 恵美はそっと苔むした小さな墓石の前に花束を手向けた。そして、神妙な顔つきで両手を合わせる。
 恵美は先日、章太郎の墓参りを済ませてきたところだった。章太郎の墓は立派だった。それに比べて無縁仏はどうだ。苔に覆われた小さな墓石が申し訳なさそうに置かれているだけではないか。恵美は改めて章太郎と栄三郎の生き様と死に様を比較する。箱物で管理され、生活面では束縛されていた章太郎だが、そんな章太郎には立派な墓がある。一方、生活保護を受けながらも自由気ままに生活してきた栄三郎の墓は惨めなものだ。
(生きているうちにいい思いをするか、死んでからいい思いをするか……)
 そんなことを考える恵美であった。
「いやー、この仕事をしていると、人の死に対する感覚が麻痺してきますよ」
「そんなものかしら……」
「綺麗ごとでは済まない死に様って多いですからね。先日も海岸に足だけが流れ着きましてね。この無縁仏に入れたんですよ。それもうちらの仕事ですからねぇ」
 浅岡は汗を拭った。そして、ペットボトルのお茶を飲み干す。
「私は栄三郎さんを忘れないわ」
「そう思ってくれる人がいるだけで、横田さんは幸せですよ。ここに入っている人のほとんどは、人の記憶から忘れ去られた人たちなんです」
「人の記憶から忘れ去られた人……」
 恵美が唸るように呟いた。草むらに腰掛けていた浅岡はポンと膝を叩いて立ち上がった。
「我々は感傷に浸っている間はないんです。次の行路死亡人が出れば、同じように埋葬する。ただ、それだけのことです」
「そういえば、栄三郎さんの家ってどうなったのかしら?」
「ああ、私と福祉事務所で片付けましたよ。トラック三台分くらいあったかなぁ。家財道具が……」
「福祉事務所や町役場の方がそんなことまでするんですか?」
作品名:生と性(改稿版) 作家名:栗原 峰幸