生と性(改稿版)
豊は心配そうに恵美の顔を電動車椅子から覗き込んだ。恵美は「ええ」と言って、豊の目線まで腰を落とす。そして、「ありがとう」と言ってその動かぬ手を握った。
恵美はアパートの自宅に帰って、焼酎のボトルを開けた。まだ陽は高かったが飲まずにはいられなかったのだ。つまみはスーパーで買ってきた惣菜である。焼酎をロックで飲む。これが密かな恵美の楽しみだった。恵美はグラスの中の氷を揺らした。それはカラカラと鳴り、グラスの中で踊った。
「はあ……、私のお客さんたち、みんないい人ね……」
恵美にとって、警察に拘留された悲しみより、顧客たちが一丸となって恵美の解放を訴えてくれた喜びの方が大きかった。中でもまだ顧客になっていない内田豊までもが、電動車椅子に乗って駆けつけてくれたことに、恵美は驚きと喜びを覚えたのである。
恵美は豊の手の感触を思い出していた。血行障害があるのだろうか、その手は決して温かいとは言えなかったが、誠意のある、人間味溢れる手の感触だった。
そんなことを思っていると、恵美の携帯電話が鳴った。ディスプレーを見てみると哲夫からの電話だった。
「どうだい、留置場の飯は美味かったかい?」
哲夫も酒を飲んでいるようだった。
「新城さん、酔っ払っているでしょう? 私も飲んでいるのよ。一人で祝い酒よ。ところで新城さん、今日のお仕事は?」
恵美は笑って焼酎のロックに目を落とした。そして、電話口で氷をカラカラと鳴らした。
「今日は有休もらったよ。何せ恵美ちゃんの一大事だったからね。実は今、内田さんの家で飲んでいるんだ。臼井も非番だって言って、ここにいるよ」
「あら、新城さんと豊さん、意気投合したの?」
「まあ、そんなところだ……。どうだい、これからこっちに来ないか? 臼井は下戸だから、迎えに行かせるよ」
「あら、嬉しい話じゃない。迎えに来てくれるんだ。じゃあ、私はこれから百日台の駅に行くわ。いつものロータリーで待ってる」
「OK! じゃあ、これから臼井が行くから……」
恵美は上機嫌で電話を切った。
恵美が臼井のエスコートで内田豊の家に上がった時、既に哲夫も豊も顔が真っ赤だった。
「よー、恵美ちゃん、こっちこっち!」
恵美は促されて豊の正面に座った。テーブルの上には乾き物だがつまみが用意され、哲夫と豊は日本酒を煽っていた。哲夫が豊に酒を注ぎ、硬縮した手にグラスを持たせてやる。すると、豊は美味そうに酒を啜った。
「豊さん、筋ジストロフィーでもお酒は大丈夫なんだ?」
「本当は医者から禁止されているんだけどね。こんな日くらいはいいだろう」
豊は酒をチビチビと舐めながら、上機嫌だ。臼井だけがウーロン茶を飲んでいる。哲夫は臼井が持ってきたグラスに酒を注ぐと、それを恵美に渡した。
「はあー、こんなところでお酒が飲めるなんて幸せね」
恵美が笑いながら酒を煽った。恵美はまだ封の開いていない焼酎を二人の前に差し出す。
「おいおい、こんなに飲んだら潰れちゃうよ」
哲夫が噴出しそうになって笑った。
「俺もね、恵美さんのお世話になろうかと思って……」
豊が切り出した。恵美の目がクスッと笑った。
「やっと決心してくれたんだ」
「俺はあんたが嫌いで『性介助』を断ったんじゃない。むしろ、あんたのポリシーには敬服したよ。俺はね、今まで自分をずっと我慢させてきたんだ。常に自分を追い込んでいたような気がするよ。川島昇一みたいな奴と一緒にされたくなかったこともある。でも今日、みんなと警察の前で声を張り上げてわかったんだ。あんたに『性介助』を頼むことは決して恥ずかしいことじゃないと……。それに、そろそろ自分を解放してもいいのかなって思ったんだ」
豊の瞳も恵美の瞳も真剣だった。豊は真っ直ぐに恵美を見つめていた。
「わかったわ。謝礼は相場で一万円よ。苦しいようだったら相談に乗るわ。でも今日、警察まで来てくれたお客さんには一回サービスしちゃおうかな」
恵美は微笑を絶やさずに言った。哲夫は「早速やってもらえよ。いいよな、あんたは勃起できて」と言い、臼井に目配せをした。臼井が奥の六畳間に布団を敷く。そして、軽々と豊の身体を持ち上げ、布団の方へと移動させた。恵美も六畳間へと行く。臼井が豊の服を脱がす。恵美も手伝った。豊の身体は痩せ細っていた。
「我々はこっちで勝手に飲み食いしているから……」
そう言うと臼井は襖を閉めた。すぐさま恵美は服を脱ぎ始めた。
全裸の男女が絡み合った。とはいっても、寝転んだ豊が身体を動かすことはない。
「ねえ、豊さんのを愛してあげるから、私のも愛して……」
恵美は臀部を豊の顔に押し付け、俗に言う「シックスナイン」の体勢をとった。そして、豊のペニスを咥えた。そのペニスは包茎でもなく、立派に「男」を誇張していた。
ジュパジュパとペニスを吸い立てる音が響く。豊といえば、舌を伸ばし恵美の秘唇を弄っていた。そこからもピチャピチャという音がする。
「んっ、んっ……」
恵美がくぐもった声を漏らす。今や豊のペニスは恵美の口を占領していた。豊は何日か風呂に入っていなかったのかもしれない。少しペニスは臭った。だが、そんなことは恵美にとって問題ではなかった。恵美だってさっき小用を済ませたばかりだ。後は官能が支配する世界だった。少ししょっぱいペニスも味があると言えば、言えなくもない。そんなことを恵美は思っていた。
「ああっ、いい、そこをもっと舐めて……」
豊は恵美のクリトリスを丹念に舐めていた。それは恵美の「女の核」に直接響き、より身体を燃え上がらせてくれるのだ。
豊は恵美の膣から分泌される蜜液を舐め取る。それは無尽蔵に湧き出る泉のようであった。豊は思った。恵美は自分の愛撫で感じているのだと。それは自信にも繋がった。
恵美の唇が豊のペニスからチュポという音を立てて離れた。恵美は十分に反り返ったペニスを見て、コンドームを被せた。恵美は上体を反転させると、秘唇にペニスを宛がった。そして、そのまま腰を落としていった。
「おお……」
思わず豊が唸った。恵美は腰を振り始める。豊のペニスは恵美の膣の中で揉みくちゃにされていた。
「ねえ、気持ちいいでしょ?」
「ああ、気持ちいいよ……。最高だ」
「私も気持ちがいいの……。こんな素晴らしいことを我慢するなんて、絶対に損よ……」
豊の目が潤んでいた。恵美の目から一筋の滴が垂れた。苦しい葛藤の末、ようやく繋がったことが、二人には嬉しかったのだ。
恵美は思う。恋愛感情とは別に心の中にいつも疼く性欲は、人間の根源に根ざすものだと。それに抗うことを否定はしないが、その疼きはどこかで開放してやらなければならない。さもないと、苦しくなるのは自分なのだ。
「ああっ、豊さん、いいっ、あああーっ……!」
「俺、もう……」
「いいわよ、きて……!」
豊のペニスがビクンと跳ねた。恵美は豊が射精したことを悟った。
「終わったわよ」
恵美はウーロン茶を煽っている臼井に声を掛けた。臼井はすぐさま飛んできた。
恵美が豊のペニスからコンドームを外し、ティッシュに包んだ。そして、ウエットティッシュで豊のペニスを清拭する。
「どうだった? 初体験の感想は……」
臼井が豊に服を着せながら尋ねた。