小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

生と性(改稿版)

INDEX|19ページ/28ページ|

次のページ前のページ
 

 臼井も頭を抱えている。恵美には豊が極度の潔癖症で、純粋な男だと思えた。今の時代、平気でセックスフレンドを作って愉しんでいる若者も多い。そんな関係にはなれないものかと、恵美は考えたのである。
「ねえ、私は商売だけれども、セックスフレンドみたいな関係でもいいのよ。なんだかんだ言っても、やっぱり苦しいでしょ?」
「それって……」
「友達以上、恋人未満。それでも私は商売だからね。そこのところはしっかり押さえておいて」
 豊は考え込んだ。健常者ならば腕でも組んで考え込むことができるが、豊は筋ジストロフィーの症状が進行していて腕さえ上がらない。目は宙を泳いでいた。どのくらいの沈黙が続いただろうか。その間、恵美は豊の目から視線を逸らさなかった。
「ううっ、帰ってくれ……」
「え?」
「帰ってくれよ。あんたに頼むには、俺の中で今まで課してきた倫理を崩さなきゃならないんだ。人間、そう簡単に割り切れるもんじゃない……」
 豊はこれまで恵美が見たこともないような、大粒の、そして美しい涙をこぼしていた。恵美と臼井は顔を見合わせた。そして、二人とも豊の顔をまじまじと見つめた。
「わかったわ。今日はこれで帰ります。でも、これだけは信じて。私は共に生きている証を確かめるという信念を持ってこの商売をしているのよ」
「ううっ、あんたが我々の性の問題を真剣に考えてくれていることはわかった。もうちょっと時間が欲しいんだ……」
 豊が喉を震わせて言った。唸りだすような声だった。
「わかりました……。今は待ちます。いつまでも……」
 そう言って恵美は立ち上がった。豊が顔を上げ、恵美を見つめた。その苦悶に満ちた表情は彼の心の葛藤をそのまま表していた。
「失礼しました」
 恵美は豊に一礼して、彼の家を辞した。後に渋い顔をした臼井が続く。
「いやー、高田さんでもダメでしたか……」
 車に恵美をエスコートしながら、がっかりした表情で話しかけてきた。
「いや、私の感触は悪くはなくてよ。きっと彼は死ぬほど悩むでしょうね……。でも、その答えは自分で出さなければならない。今、彼は自分と戦っているのよ」
 そう言うと、恵美は助手席に乗り込んだ。

 その日、恵美は嫌な視線に纏わり付かれていた。その日は新城哲夫の家に性介助に行く予定だった。だが、家を出た途端から、背中に薄気味の悪い視線を感じるのだ。振り向いてもスーツ姿の男が歩いているだけだった。恵美のアパートから哲夫のアパートは近いのだが、哲夫のアパートに行くまで、遠回りして行った。
 哲夫のアパートに着くと、恵美は慎重に呼び鈴を鳴らした。哲夫はすぐにドアを開けてくれた。
「恵美ちゃん、待っていたよ」
 恵美はそそくさと哲夫の家に入り、ドアを閉めた。
 今日も哲夫は恵美へのボディタッチから始めた。哲夫に愛撫されながらも、いつものように感じられない自分に恵美は苛立ちを隠せずにいた。
「何か、今日の恵美ちゃんは違うな。感じないし、アソコを弄っても濡れない……」
「御免なさい。ただの思い過ごしだと思うんだけど、今日、自分の家を出てから、ずっと誰かにつけられているような気がしたもんで……」
 そう言う恵美の顔はどこか浮かない。
「ふーん……。思い過ごしじゃないのかなぁ」
「何か、嫌な予感がするわ」
「女の予感は当たるって言うからなぁ……。何事もなきゃいいけど……」
 そう言いながら、哲夫は恵美の「女」の部分を舐め、啜っていた。だが、そこは乾いており、いつまで経っても濡れてこない。
「ああ、新城さん、フェラチオしてあげる……」
 恵美が上体を起こした時だった。
 ピンポン、ピンポン、ピンポーン!
 乱暴に呼び鈴が鳴った。そして、乱暴にドアがノックされる。
「新城さん、開けてください!」
 外で男の声が怒鳴っていた。哲夫は車椅子に乗り、「ちっ、いいところだったのに…」と舌打ちをした。そして、玄関へと向かう。恵美は咄嗟にタオルケットを羽織った。そして奥の間に隠れた。
 哲夫がドアを開けた。そこには人相の悪い男が二人、立っていた。
「帰帆警察署の者です。ここに高田恵美という女が来ていませんか?」
 一人の刑事が警察手帳を見せながら尋ねた。もう一人は「失礼しますよ」と言って、家の中に勝手に上がりこんでいった。
 上がりこんだ刑事の眼光は鋭く、部屋の中をぐるっと見回した。そして、奥の間へと歩みを進める。そこに恵美はタオルケット一枚を羽織って、小さく震えていた。
「いました。奥の間です!」
 すると、玄関にいた刑事も哲夫の家に上がってきた。恵美は二人の刑事に見下ろされた。
「高田恵美だな……。売春防止法違反の容疑で逮捕状が出ている。署までご同行願おうか……」
 一人の刑事が逮捕状を見せながら、冷たい声で言った。
「何ですって?」
「恵美ちゃんは何も悪いことしていない。していないんだ!」
 鉄夫が車椅子を漕ぎながら、刑事に組み付いた。
「あんたは買春の容疑が持たれますな。新城さん、あなたにも署に来てもらいましょうか」
 刑事は哲夫も冷たく見下ろしていた。
 恵美は黒と白の色気のない車に乗るのは初めてだった。しかも、手錠まで掛けられているのだ。屈辱だった。
「障害者専門のセックス商売か……。当然、風営法の届出もしていないんだろう」
 移送するパトカーの中で刑事が唸るように言った。恵美はつまらなそうに外を見ていた。別のパトカーで移送される哲夫のことも気掛かりだった。

「君には被害届が出ているんだよ。川島昇一という男からね。美人局もやっているそうじゃないか?」
 取調べで瀬田という刑事がせせら笑いながら言った。
「あの男はコンドームなしで私に迫ったのよ。その時、お金は貰っていないわ」
 恵美は顧客の減らない自分に対し、昇一が焦れて「被害届」を出すような姑息な手段を取ったのだと推測した。だが、それは言われなきことである。恵美の心の中に、昇一に対する憎悪の炎が燃え上がった。
「でも、障害者相手に売春をしていたのは事実だろう。被害届はいいとして、それだけでもまずいことなんだよ。背後に暴力団がいるんじゃないか?」
「暴力団なんて背後にいるわけないでしょ。私は私で必死に顧客を見つけてきたのよ。この細腕でね」
 どうやら瀬田刑事は恵美の背後に暴力団の陰があると見ているようだった。それは恵美にとっても心外だった。恵美の「性介助」のビジネスはその細腕一本で築き上げてきたものだ。
「それにしても障害者の性を食い物にするとはねぇ。恥ずかしいとは思わないのか?」
「全然思わないわ。彼らには潜在的なニーズがあるのよ。性の捌け口を求め、だけどどうにもならない。そんな問題を抱えている障害者の人たちがどれだけいることか。そのお手伝いをして何が悪いって言うのよ」
 瀬田刑事は「うーん」と言って、頭を掻いた。
「ボランティアじゃダメなのかね?」
「今は有償ボランティアという考え方もあるわ。刑事さん、遅れているのね」
 恵美は瀬田刑事を睨み付けた。だが、瀬田刑事の瞳は怯まない。
「川島昇一はあんたに『性介助』を頼んだのに何もしてもらえず、暴力を振るわれたと言っている。それは事実なのか?」
作品名:生と性(改稿版) 作家名:栗原 峰幸