生と性(改稿版)
「また養護学校で女の子に手を出しただよ。あれほど言ったのにねぇ。わかんねえ奴だ。昭雄の行動が変わらねえんじゃ、あんたに頼む意味はなかんべ」
母親は落胆したようにそう言った。
「昭雄さんは真面目だと思いますよ」
「今日、これから相手の親が来るだ。こっちは心臓が縮み上がる思いだよ」
「私も行ってもいいですか?」
恵美はそう言うと、ブラウスを掴んでいた。
恵美はバスの中で、昭雄の言っていた「ゆっこ」の存在を気にしていた。今日はゆっこも来るのだろうか。それならば、丁度良い機会だとも思っていた。
恵美が昭雄の家に着くと、もうゆっこの両親は到着していた。ゆっこも来ていた。ゆっこは恵美が想像していたより華奢な娘だった。昭雄と彼の母親はただただ小さくなっていた。
「こちらは?」
ゆっこの父親が恵美を睨みつけるように尋ねた。
「昭雄さんの友達です。色々と生活指導をしていますの」
恵美は『性介助』には触れず、そう説明した。
「昭雄君がうちの由紀子に抱きついて、キスしたんだ。先日は体育館で裸にするし、まったく困ったもんだよ。もう近づかないという約束をしたはずなのにな」
ゆっこの父親が憮然とした態度で言った。ゆっこは肩をすくめている。
「ゆっこちゃんは昭雄さんのこと好き?」
恵美はやさしくゆっこに尋ねた。
「うん。大好き……」
ゆっこが父親の顔を恐る恐る覗き込みながら言った。ゆっこの父親は「たぶらかされているだけだ」と一蹴する。
「昭雄さんとゆっこちゃんはお互いに惹かれあっているんですよ。それは学校で裸にしたり、キスをしたりするのはまずいと思いますけど、二人の気持ちは認めてあげてください」
恵美はゆっこの父親の目をしっかりと見据えて言った。
「知的障害者同士が幸せになれるわけなかろう」
ゆっこの父親は苛立ちを露にして吐き捨てた。
「それは違うと思いますよ。人を好きになる感情は知的障害があろうがなかろうが、同じだと思います。そこに何らかのサポートがあれば幸せになれると思います。知的障害者にも人を好きになる権利はあるんですよ」
「そんなの絵空事だ。現実は甘くない」
ゆっこの父親は憮然とした態度を崩さなかった。
「じゃあ何故、知的障害者同士が幸せになれるよう努力をしないんですか?」
「私ら個人が努力したって、社会が変わらなきゃ意味がない」
「社会を変えるのは個人の努力の積み重ねじゃなくて?」
恵美が身を乗り出して力説する。ゆっこの両親は困惑したような表情になった。
「いい、昭雄さん、ゆっこちゃんとは卒業するまで手をつなぐくらいにしておきなさい。こちらの親御さんも心配されているんだから……」
恵美は昭雄に諭すように言った。昭雄は項垂れながら「はい」と呟いた。
「ふう、あんたの熱意には負けたよ。しばらくは二人の様子を見守ろう」
ゆっこの父親が立ち上がった。母親とゆっこも立ち上がる。恵美は「ありがとうございます」と爽やかな笑顔を向けた。昭雄の母親はただただ恐縮していた。
昭雄の部屋で恵美は全裸になっていた。昭雄は今日も恵美の乳房に固執している。
「昭雄さん、今日はセックスをするわよ」
「えー、僕、フェラチオがいいな」
「ゆっこちゃんと将来一緒になりたかったら、ちゃんとしたセックスも覚えておくべきよ」
そう言って恵美は股間を昭雄に見せる。
「女の人の構造もよく覚えておきなさい」
恵美は陰唇を指で拡げ、内部の肉壁を見せた。
「いい、この下の方にある穴に、おちんちんを挿れるのよ」
恵美は昭雄のペニスにコンドームを被せた。そして、ローションを塗る。
「これはね、赤ちゃんができないようにするために必要なの。ゆっこちゃんとセックスするようになっても、ちゃんとコンドームを着けなきゃダメよ。赤ちゃんを作らないのならね」
恵美は布団に寝転がると、両脚を拡げた。
「さあ、挿れてみて頂戴」
促されて昭雄が恵美に覆いかぶさる。恵美は昭雄のペニスを膣口へと誘導した。まだ未成熟な、先細りのペニスは難なく滑り込んでいった。
昭雄は腰を振った。だが、「フェラチオの方が気持ちいい」と言う。
「ダメ。これはお互いの愛を確認する行為なのよ。これで女の人も気持ちよくなるの。この先、ゆっこちゃんと結婚して喜ばせたいならば、セックスもちゃんとできなきゃダメよ」
「わかったよぉ……」
昭雄は素直に腰を振り続けた。
その日の夕方、恵美の携帯電話が鳴った。野菊園の臼井からの着信だった。あまり気は進まなかったが、恵美は電話に出た。
「その節は失礼しました」
臼井は低姿勢で話す。
「もう、野菊園には行かないわよ」
恵美はややもすると、ぶっきら棒な口調でそう言った。
「いや、もういいんです。新藤章太郎さんが今朝方、息を引き取りました」
「えっ?」
「肺炎をこじらせてしまいましてね。呆気ない最後でした」
「そうだったの……。それはご愁傷様です」
恵美の脳裏に章太郎の上に跨り、一心不乱に腰を振った記憶が甦った。そして、章太郎の嬉しそうな顔が浮ぶ。
「新藤さん、亡くなる直前まで『女とやった』って嬉しそうに自慢していましたよ。あなたには感謝していたみたいです。そして僕も感謝しています」
「そうですか……。それはどうも」
「僕は自分のしたことが間違っていたとは思っていません」
臼井のその言葉に恵美はフッと笑った。
「それにしても人間の性欲というものは尽きないものですね。あんなに高齢になって、身体が不自由でも異性を求めるんですからね」
「それは人間に生まれてきた以上、誰でも持ち合わせている自然な欲求じゃなくて?」
「自然な欲求ですか……。身体や知的に障害があるがために苦しんでいる人がどれだけいることか……」
電話口の向こうからやるせない空気が伝わった。
「でも、章太郎さんは亡くなる前にいい思いが出来たんでしょ。そんなに落ち込まないでよ」
恵美は明るく返した。だが、臼井は「はあ」というため息を漏らす。
「恵美さん、在宅の方なら『性介助』をお願いできますか?」
「在宅で……苦しんでいる方がいるんですか?」
「ええ、僕が学生時代にボランティアをしていた人で筋ジストロフィーを患っているんですよ。今も学生たちに支えられながら在宅生活を送っているんです。もし良かったら相談に乗ってもらえませんか?」
「あの野菊園の外だったら、私は構わないわよ」
「じゃあ、その人に連絡してみますので、その節はよろしくお願い致します」
臼井の声にようやく明るさが戻った。
翌日、尚樹の家に行くと、尚樹の母親が喪服に着替えていた。
「あら、どこかでご不幸があったんですか」
「いや、市立の野菊園っていう施設に親戚が入所していたんだけど、急に亡くなったって言うのよ。今日がお通夜でね」
ここで恵美は尚樹も、栄三郎も苗字が「新藤」であることを思い出した。
「じゃあ、なるべく早く済ませますね」
「悪いわねぇ。急がせちゃって……」
恵美は二階の尚樹の部屋に向かった。部屋に入ると尚樹は笑顔で待っていた。
「お姉さん、好き……」
最近、尚樹はそう言って、笑顔で恵美を迎えてくれる。それが恵美には嬉しかった。