生と性(改稿版)
「そう、そうなんだ。どうやら福祉事務所から儂の住所や電話番号を聞いたらしい。手紙も入っておってのう……。それに同居しないかと書いてある。いやー、嬉しい。これでお国の世話にもならずに済むわ。生きてりゃいいこともあるもんだのう。果物も儂一人じゃ食いきれんから、恵美さん、少し貰ってくれんかの? 腐らすのももったいないし……」
「わかったわ。今日の夕方、お伺いします」
恵美はその日の夕方、栄三郎の家を訪ねた。もう夕日が海とは反対側に迫る山に沈んだ頃だった。
恵美がドアをノックした。すると中から「開いてるよ」という声が聞こえた。
栄三郎は海を眺めながら茶碗酒を煽っていた。その背中に漂う寂寥は筆舌に尽くしがたく、恵美はどうしたものかと思った。
「栄三郎さん、よかったわね。娘さんと一緒に暮らせることができて……」
「問題はそれよ」
栄三郎は恵美に背中を向けたまま、酒を煽った。
「問題って?」
「儂は借金を女房、娘に押し付けて故郷を棄てた。そして今、よそ者としてここにおる。一度、故郷を棄てた者を、果たして故郷が受け入れてくれるもんかのう……。娘の真由美だって、心から儂を許したわけじゃないだろうな。きっと故郷に帰れば、辛い日々が待っているような気がするんだ。今朝からそんなことばかり考えておったら、酒でも飲まなきゃやってられなくなってな。こうして茶碗酒を煽っているっていうわけよ」
栄三郎はようやく恵美の方へ向き直った。そして、娘からの手紙を差し出す。そこには栄三郎の娘と妻がいつまでも借金取りに追われていたこと、それを苦に自殺まで考えたこと、自己破産し今は一から出直し、ようやく生活が安定してきたことなどが書かれてあった。
「娘さんは相当迷ったと思うわ。でもかけがえのないたった一人のお父さんなんですもの」
「儂は今まで娘に父親らしいことなど、何一つもしてやれんかった。それでも娘が同居してくれるという。有り難い反面、怖いんだよ」
「怖い?」
恵美が栄三郎の顔を覗き込んだ。
「儂が帰ることで、娘にまた不幸をもたらすんじゃないかと……。それに、さっきも言ったように故郷の周囲の連中は儂の悪行を知っておる。地域でも白い目で見られるだろうな」
「そりゃそうかもしれないけど、今しかチャンスはないのよ。娘さんと暮らせるチャンスは」
「福祉の担当からも同居せいって言われておる。儂には法律のことはよくわからんが、生活保護では親族の援助が優先されるらしい……」
それは筋の通った話だと恵美は思う。国民の税金で全面的に生活費を支援する生活保護の制度はそれほど甘くはないのだ。だが、栄三郎の心配がわからないでもない恵美だった。栄三郎はまた茶碗に酒を注いだ。
「恵美さん、今日はちょいと儂の酒の相手をしてくれんかのう?」
「飲みすぎは身体に毒よ。これから娘さんと会う時にはすっきりした顔で会わなきゃ」
「わかっておる。わかっておるともよ……。だが、酒でも飲まんとやってられんのだよ。儂はとんだ臆病者のロクデナシだな」
栄三郎が自嘲的に笑った。恵美は立ち上がると食器棚からグラスを出した。あまり綺麗なグラスではない。
「栄三郎さん、私にも注いで……」
「おお、恵美さん、わかってくれるか。儂の気持ちを……」
栄三郎はフッと笑い、恵美の持つグラスに酒を注いだ。その酒を恵美がチビッと舐めた。その味は美味いものではなかったが、かといって不味くもない。恵美は以前、栄三郎が「儂が飲めるのは二級酒くらいのもんだ」と言っていたことを思い出した。
どれだけ酒が回っただろうか。酒に強い恵美も酔っ払っていた。陽はとっぷりと暮れていた。
「ああ、儂がこれから故郷に帰っても……、恵美さんみたいな人はいないだろうな」
「でしょうね……」
「儂は今月の末には故郷に帰ることになりそうなんだ。その前にもう一度頼むよ」
栄三郎の手が恵美の胸元に滑り込んだ。
「ああ、栄三郎さん……」
恵美は自ら服を脱いだ。万年床の脇に衣類を畳んで置く。
「ああ……」
栄三郎が縋りつくように恵美に覆いかぶさった。そして、赤子のように乳首を貪る。
「ああっ、栄三郎さん、もっと吸って……!」
老人の唇はその恵美の言葉に呼応するかのように、乳首を吸いたてた。チュパチュパという音が安普請の部屋に響いた。
「栄三郎さん、下もお願い……」
栄三郎が恵美の両脚を拡げた。そして「女」の部分を覗き込むと、そっと唇を寄せた。
「ああ、恵美さんの観音様だ……。もうこれが見れなくなると思うと儂は……」
そう言うと、栄三郎は恵美の「女」の核心を舐め始めた。
「ああっ、いいっ、あああーっ……!」
そこはすぐに潤滑油を分泌しだした。栄三郎はそれを舌で舐め取り、さも美味そうに飲んでいった。
「水蜜桃だ。恵美さん、あんたは水蜜桃だ……。儂はもう我慢ができん!」
栄三郎がジャージを乱雑に脱ぎ捨てた。その腹はやはり異様に膨れている。裸になった栄三郎は恵美の上に覆いかぶさった。恵美には十分な硬さを保った栄三郎のペニスが、陰唇をこじ開けようとしているのがわかった。
恵美は起き上がると、バッグからコンドームを取り出す。そして、包装を破ると、栄三郎のペニスに薄いゴムのオブラートを被せた。
潤滑油で濡れそぼっていたそこは、難なく栄三郎のペニスを受け入れた。
「ああっ……」
覆いかぶさった栄三郎の突き出た腹が、恵美の腹に苦しそうに当たった。だが、栄三郎はそんなことを気にも留めず、抽送を繰り返す。
「おおっ、恵美さん、あんたは最高だ。儂らにとっては女神様だ」
「私は……ただ、セックスが好きなだけよ。ああーっ……!」
酒の酔いも手伝ってか、恵美はいつになく身体の芯が熱かった。栄三郎の力は老人とは思えないほど力強かった。そんな力強さで突き上げられるのだ。恵美は失神しそうなくらいな快楽に溺れていた。
「ひいっ、あああーっ……!」
恵美の膣の中で栄三郎のペニスがビクンと跳ねた。その瞬間、恵美の頭の中は真っ白になった。
栄三郎もだらしなく身体を恵美の上に投げ出した。重くはなかった。腹が出ていても体重はそれほど感じなかった。いつもなら、すぐにペニスを引き抜く恵美だが、この時はその気力さえ失せていた。
恵美は夢心地の中で声を聞いたような気がする。
「お前はそこにいたか?」
その声は恵美にそう問いかけていた。仕事だろうがプライベートなセックスだろうが、絶頂を迎えた時、よく恵美の脳に直接その声は語りかけてくるのだ。
恵美が気だるそうに身体を起こしながら、ペニスを引き抜いた。栄三郎はまだ惚けている。恵美はその声の主が誰だか薄々わかってはいた。
栄三郎から沢山の果物を貰った恵美は、夜道を引き返しながら二カ瀬駅の方へ向かって歩いた。もう港の改修工事のトラックは走っていなかった。恵美は歩きながら先ほどの声を噛み締めていた。
「お前はそこにいたか?」
恵美の携帯電話に山口昭雄の母親から電話が入ったのは、金曜日の午後だった。何でも「性介助」の依頼を断りたいとのことだった。
「どうしてですか? 昭雄さん、あんなに楽しみにしていたのに……」