生と性(改稿版)
恵美が喘ぐほど、哲夫は得意げに乳首への愛撫を繰り返す。もう片方の乳首は指で摘んで、硬くなったその感触を楽しんでいた。
「恵美ちゃん……」
「新城さん、上手よ……」
哲夫は乳房に飽きたのだろうか。不自由な身体をもぞもぞと動かし、恵美の股間へと顔を埋める。そして「女」の部位を覗き込むと、指でスリットを拡げた。
「そこも舐めてぇ……」
哲夫は割ったスリットに舌先を這わせる。そしていつも「女」の味を堪能するのだ。スリットの縫い目の上部に肉の芽がある。それを舌先で転がす。
「ああっ、いいっ、そこよぉ……!」
哲夫はいつもこうして、恵美を昇天させる。それは女性を悦ばせているという自負に繋がっているのだ。下半身不随の彼にとって、女性を悦ばせることができるという自負は誇りに近かった。
「ああん、ううん、イク、イッちゃう……!」
恵美の膣から流れ出る分泌液もまた、哲夫にとっては上等な酒のように彼を酔わせるのである。恵美の身体が小刻みに震え始めた。
(もうすぐだ……)
哲夫がそう思った矢先、恵美の身体がピーンと硬直した。
「ああっ、もうダメ……」
恵美がだらしなく身体を投げ出した。
「イッちゃったかい?」
「うん、イッちゃった……」
恵美が少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「今度は俺をイカせてくれよ……」
恵美と交代するように、哲夫がベッドに横たわった。恵美は満足そうな微笑を湛えている。恵美と哲夫の関係はいつもギブ・アンド・テイクだ。確かに恵美は商売で哲夫の家を訪れているのだが、その関係はいつも対等だと思う。
「口がいい? それとも指?」
「口がいい」
脊椎損傷により下半身不随となった哲夫は勃起しない。だらしなく垂れ下がるペニスを恵美は口に含んだ。
「おお……」
哲夫は恵美の口唇の感覚を知ることはない。だが、己が口に含まれているという事実が彼をめくるめく官能の世界へと誘うのだ。
哲夫のペニスに感覚がないからといって、恵美が手を抜くことはない。誠心誠意の愛撫を施すのだ。
恵美がフェラチオを開始してどのくらい経っただろうか。哲夫が「むう」と呻いた。恵美の口内に彼の精液が放出された。
「川島昇一って知っているかい?」
恵美が口を濯いでいると、哲夫が尋ねてきた。川島昇一は先日、恵美にコンドームを着けずセックスを迫った小児脳性麻痺の男だ。
「ええ、知っているわよ。彼がどうかしたの?」
「あいつが障害者団体に君の噂を流しているよ」
「どんな噂?」
「乱暴された上に、『性介助』を拒まれたってね」
「冗談じゃないわ」
口を濯ぎ終わった恵美が哲夫に向き直った。
「あいつ、私に生で中出ししようとしたのよ」
「そうだったんだ……」
「やっぱりあいつ、言いふらしていたのね。歪んだ奴……」
恵美は着衣しながら、吐き棄てるように言った。
「川島は障害者団体の幹部もしているから、気を付けた方がいいよ」
「あいつ、妊娠したら堕胎の費用は俺が出すって言ったのよ」
「そりゃ、ひどいな」
哲夫も着衣しながら呟いた。哲夫は衣類の着脱に介助を要さない。いつも自力で行うのだ。最初、恵美が介助しようとしたら「自分のことは自分でやる」と言って、断られたほどだ。哲夫は精神的にも自立していた。
「俺も団体方面に言っておくよ。君のことが変に誤解されるのも嫌だしな」
「ありがとう。でも、無理しないで」
恵美は哲夫の頬にキスをした。普段、キスは絶対にしない恵美であったが、この時、哲夫の頬ならばキスしてもよいと思ったものである。
「そう言えば、俺の知り合いに臼井って男がいるんだが、そいつから君のところに連絡がいくかもしれない」
「誰、その人?」
「うん、帰帆市立野菊園という重度知的障害者の入所施設の職員なんだが、何でも、利用者の『性介助』を頼みたいって言っていた」
「施設の職員さんなんだ。でも、そんなお堅い市立施設に行ってまで『性介助』できるのかしら?」
「そこよ。臼井もしがらみがあって悩んでいるそうなんだが、何とか抜け道はないかと模索しているらしい。彼も真剣なんだ」
哲夫は腕組みをして考え込んだ。
「よかったら、その臼井さんに伝えといて。私は一向に構わないからって」
「わかった。連絡しておくよ。今日はありがとう」
そう言って、哲夫は謝礼の入った封筒を恵美に渡した。哲夫の笑った顔が爽やかだった。
その臼井なる男から恵美の携帯電話に連絡が入ったのは、その日の夜だった。
「初めまして、帰帆市立野菊園の臼井と申します」
言葉遣いは丁寧だった。市立施設の職員ということは公務員になるのだが、お役人にありがちな慇懃さがない。
「臼井さんのことは新城さんから聞いているわ。私に利用者の『性介助』を頼みたいんでしょ?」
「はい。そうなんです。実は先日、ヘルスに行く起案を立てたんですが、課長や部長から大目玉を食らってしまいましてね……。それから鼻つまみ者ですよ、僕は」
電話口の向こうで臼井が笑った。
「で、どんな方を『性介助』してもらいたいの?」
「それが結構、高齢の方なんですよ。障害の程度は軽いんですけどね。大丈夫ですか?」
「私はえり好みはしないわ。ただ、コンドームだけは使用させてもらうわ」
「それはもちろんのことで……」
「それと謝礼は相場で一万よ。ソープに行くより安いと思うけど……」
「領収書、出ますか?」
「領収書? 領収書かぁ。今まで書いたことないわ。まあ、必要ならば書くわよ」
「すみません。一応、利用者の小遣いから捻出するもので、会計にチェックされるんですよ」
「なるほどね。さすがお堅い市立施設ね」
恵美は思わず笑ってしまった。
「いやー、その人、以前に旅行に行った時、ストリップに連れていったことがあるんですけど、ストリッパーに抱きついちゃいましてね。危うくヤクザに半殺しにされるところでしたよ。今は大分、足腰が弱っているんですが、『女の上に乗りてえ』が口癖なんです」
臼井は恵美に気を許したのだろうか、笑いながらそんな話を始めた。
「で、『性介助』はどこでするの?」
「あ、その人には個室を宛がっていますから、問題ないです」
「いつ、伺えばよろしいかしら?」
「そうですね。我々は変則勤務をしているんですけど、なるべく女性職員が勤務していない日にお願いしたいですね」
「じゃあ、日にちの候補を連絡ください。ところで、その利用者の名前とお歳は?」
「名前は新藤章太郎と言います。歳は七十六です」
「そう、かなり高齢ね」
「でも、あっちは元気なんですよ」
臼井のその言葉に、恵美は思わず苦笑を漏らした。おそらく新藤なる男は施設内を徘徊しながら、「女の上に乗りてえ」と言いふらしているのだろう。そんな姿を想像すると、閉鎖的な世界に閉じ込められて、性欲の捌け口もない老人が哀れに思えてくる恵美であった。
「今、勤務表を見ているんですが、明後日の日曜日なんかどうですか。僕、非番なんですが、その日は新藤さんのために出勤します。あなたの送迎もしますよ。何せ、野菊園は辺鄙な場所にありますからね」
「いいわ。じゃあ、明後日の正午に百日台駅前のロータリーで待ち合わせというのはどうかしら?」