とうめいの季節 2
06.美しい人
空が高い。収穫の秋がきた。佐里は畑で収穫されたさつまいもの芋蔓をむしっていた。これを甘辛くたいて食べるとおいしいのだ。まだ女学生の佐里ができる家の手伝いの一つだ。
「ふう」
ひととおり蔓から葉を落とした。額の汗をぬぐって、石に腰かける。いい天気だ。もんぺのポケットからあやとりを出し、一人始める。指が勝手に動くのに合わせて、頭の中をいろんな思いが過ぎる。
女学校を卒業したら、お婿さんを迎えて祝言をあげる。神末(こうずえ)家の長女に生まれた佐里には、跡継ぎ――村を守る呪術的指導者であるお役目様を生む義務がある。兄の穂積に告ぐ男児を生むことが、佐里の役目であり使命だった。
(どんなひとと、結婚するのかしら)
佐里自身は、己を縛る運命をさほど重荷と感じていない。子どもは好きだし、生みたい。伴侶となる男性への期待もあり、兄を助け、主人を敬い、家を守れるなら幸せだと思う。
「・・・?」
視線を感じて顔をあげると、少し離れた農道に誰か立っている。
(あのひと・・・何してるのかしら・・・)
あれは、兄の式神だ。神末家の護法神である。永くこの神末一族に仕えてきた存在で、兄がヒトとしての身体を与えたのだという。白いシャツに綿のズボン、学生さんに見える。しかしその中身は、千年以上も神末に仕えてきた、強い力を持つ式神だった。
瑞、という名は兄がつけたと聞く。
「娘、」
年のころは佐里とさほど変わらない。涼しげな色男で、少し冷たい瞳が印象的だった。あまり話したことがないから、話しかけられてわずかに佐里は緊張する。
「はい」
「穂積を知らぬか」
「兄は家に籠を取りに戻っています」
そうか、入れ違いになったのだな、と言い放ったのち、彼は佐里の手元を見る。
「・・・なんだそれは、紐を使った呪術か?」
複雑な形を成したあやとりを見てそんなことを言うものだから、佐里は思わず噴き出してしまう。手のひらをひらいて、瑞に見えるように示す。
「あやとりですよ。これはほら、蝶々の形に見えるでしょう?」
怪訝そうに見つめていた瑞が、隣に座った。
「蝶々・・・に、見える。なんだこれは、すごい技だな」
感情のない声に、驚きが混じる。佐里はなんだか嬉しくなって、様々なあやとりを見せた。
「これは亀でしょう・・・これは、お琴」
複雑に動く指を真剣に見つめている。その表情は、何だかかわいらしくて、佐里は気持ちがふんわりと安らいでいくのを感じた。ヒトとなって日が浅く、まだ感情も豊かではないと聞いていたが、まるで知らないおもちゃに虜になっている子どものような純真な瞳だ。
「おまえの指はよく動くな。俺には難しそうだ」
「簡単なものならきっとできますよ。二人でできるものをやってみませんか」
佐里は瑞の指にあやとりをかけてやり、川をつくらせる。
「この中指でとって・・・」
「こうか」
「そう」
それを佐里が両側からとり、二人の指が交差する。
「親指と小指を抜いて・・・そう。ほら」
中指にかかった糸を引き合うと、交互に手のひらが重なる。
「おもちつきみたいでしょ?歌いながらするの。嫁御やるから婿よこせ、って」
歌いながら手を動かす。ひもに引っ張られ交互に左右の手のひらが重なる。
「嫁御やるから婿よこせ、よーめごやるから婿よこせ」
怪訝そうに見つめていた瑞だが、やがてふっと噴出すように笑った。
「なんだそれは、おかしな歌だ」
「おもしろいでしょう」
冷たく、佐里よりも大きな手のひら。重なるたびに不思議と熱を持つような錯覚。
「もっと」
「はい?」
「やめるな、歌ってくれ」
「ふふ」
柔らかな秋の日差しの下で、あやとり教室が続く。思えばこれが、佐里と瑞のつながりの始まりだったのかもしれない。穂積とのつながりとはまた違う、柔らかくしかし芯の通った強い繋がり。
それは未来まで繋がる。
「ばあちゃん、嫁御しよー!」
「はいはい」
保育園であやとりを習ったという幼い伊吹が、縁側で佐里と向かい合っている。座敷に寝そべって、伊吹はその穏やかな光景を見ている。柔らかい光の下で孫と向かい合う佐里の、優しく慈愛に満ちた眼差し。
「よーめごやるから婿よこせ、よーめごやるから婿よこせ・・・」
楽しげな歌。目を閉じれば、時を越えて蘇る。秋空の下であやとりをしていた、おさげにもんぺ姿の美しい少女の笑顔が。温かな手のひらの温度とともに。