とうめいの季節
02.涙の味
些細なことでまた喧嘩した。瑞は口うるさいのだ。肘をついて飯を食うなだの、箸の持ち方がおかしいだの、食卓での彼はわずらわしいことこのうえないのである。
「そんながみがみ言われたら、ご飯おいしくない!」
ちゃぶ台を叩いて走り去る背中に、空気を読まない声が飛んでくる。
「こらあ!!ご飯粒を残すなあ!!」
いや、そうじゃねーだろー!
ご飯はおいしく食べたいのに、なんでああガミガミうるさいのかなあ。伊吹は自室にこもって膝を抱えた。
(もーむかつく!あいつ俺のこと嫌いなのかな)
厳しい物言いや皮肉は慣れっこなはずなのに、今日はなんかダメだ。
穂積には、佐里には、あんなに穏やかなのに。
どうせ俺はだめ跡継ぎだ。箸の持ち方だってヘンテコだ。悪かったなコンチクショウ!
(ぜんぜん仲良くなれないなあ・・・)
夏からいろんな事件を通して、瑞とのかかわりは変化しているはずなのに。こんな些細な喧嘩が繰り返されるのは、信頼されていない証拠なのではないか。
「もういい、宿題しよ・・・」
ぐるぐる考えたところで答えは出ない。ランドセルをひっくりかえして宿題を広げた。もくもくと計算をこなしていくうちに、気持ちは静まっていく。冷静にさきほどの自分を振り返りながら、伊吹は鉛筆をとめる。
(・・・俺、おいしくないって言っちゃたな。今日の晩御飯、瑞が作ったのに)
後悔がズンと胸に重くのしかかってくる。一度はなった言葉がひっこまないことは知っているが、あれはダメだと伊吹は頭を抱える。
「伊吹」
「!」
襖がとんとん叩かれ、伊吹は息をとめる。瑞だ。
「・・・ガミガミ言って、悪かったよ。でもさ、飯はちゃんと食えって。元気でないぞ」
瑞のしおらしい声がしてから、足音が遠ざかっていく。音が消えてからそうっと襖をあけると、床に盆が置いてあった。
「あー・・・とろとろオムライスだ」
それは、伊吹の大好物だった。湯気をたてており、まだ作り立てであることが伺える。鮮やかな黄色。瑞の得意料理。
作ってくれたんだ。じんわりと胸の奥が温かくなり、伊吹は皿を持ってそっと台所に向かう。謝らなきゃ。
「・・・俺、言い方きついんかなあ」
「そうね。でも伊吹は、あなたの気持ちをちゃんとわかっていると思うけれど」
「大きくなって、恥かかせたくない。食事の様子を見ればその人間の育ちも本質もわかっちゃうって言うじゃない」
「でもね、みんなで笑ってご飯を食べることも大切ですよ」
「その通りだよ、俺はダメだな」
背を向けた瑞と佐里が茶碗を洗っているのが目に入る。
「そんなに落ち込まないで。あの子を思えばこそでしょう?いいのよ、あなたはそのままで」
「うん・・・でもなあ・・・」
しょげて丸まった背中を見ると、怒りが消えていく。瑞でもこんなふうに落ち込むことがあるのか・・・。
伊吹は意を決してちゃぶ台に皿を置くと、パンと手を合わせた。
「いただきます!!」
「あら、伊吹」
オムライスを頬張る。ああ、おいしい。ほっとする優しい味だ。悔しいけど、瑞のオムライスはお店に出して金がとれるレベルだ。
「・・・おいしい、です」
「そーか」
瑞が小さく笑うのを見て、じんわりと目の奥が熱くなる。
「おいしくないって、ゆって、ごめんなさいぃぃ・・・」
「えっ、泣くなよ。俺も悪かったってば」
「でも瑞のつくったご飯おいしくないなんてゆってごめんねえぇぇ」
「泣きすぎだって」
「ごべんなざいぃぃ・・・」
涙の味と柔らかい卵の味が混じりあう。
「おまえはイイコだなほんとに」
乱暴に頭をかきまぜてくる瑞の困ったような笑顔。
「おいじぃぃ」
「鼻水食うなよ」
二人で衝突を繰り返すたびに流す涙は、仲直りの味。いままでもこれからも。