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青空夏影 面影は渓流に溶け入りて

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 おさげの女の子が答えた。
「私達も一緒に拾っていい?」
 藍が私の腕をぎゅっと掴んだ。
 女の子たちは顔を見合わせたが、「うん、いいよ」と元気に答えてくれた。
 それを聞いて、藍は初めて私の後ろから前へと出た。
 その顔はとても嬉しそうだった。
 今日の夕方は、その子たちと一緒に遊んだ。
 貝拾いをした後、砂で遊んだり、波打ち際で追いかけっこをしたりした。
 私は決まって鬼だったが、小さな子供を捕まえるぐらい、走らずともわけはなかった。
「これあげるね。さっき見つけたの」
 おかっぱ頭の女の子が言った。
 女の子の手には虹色の貝殻があった。
 藍はそれを受け取り、虹色に輝く貝殻の内側を輝く瞳で眺めていた。
「よかったね、藍」
「うん!」
 この子達と出会えてよかった。
 藍は本当に嬉しそうな顔をしている。
 いつまでも、いつまでも、彼女がこうしていられればいい。
 私はそう思った。
 そんな時、私は一人の女の子が、町の方からこちらを見つめていることに気がついた。
 この町にもまだ他に子供がいたんだ、と私は思った。
 しかし、一端、藍達に視線を戻してから、少し気がかりなことがあって、すぐにもう一度にそちらを見ると、女の子はいなくなっていた。
(あの子……)
 私は妙な胸騒ぎを感じた。


 翌日、私は学校を欠席した。
 別に今始まったことじゃない。
 少し体調が悪かったこともあった。
 私はベッドから起き上がると、家の窓から港を見た。
 すると、藍は一人の小さな女の子と遊んでいた。
 さっそく新しい友達ができたのだと思って、私が安心して見ていると、その女の子が突然立ち上がってこちらを見た。
「え?」
 こんな遠くから、あの子は私が見ていることに気がついたのだろうか。
 そのシルエットからして、昨日、町の方で見かけた女の子だった。
 昨日も遠くから見ただけだったので、顔まではわからない。
 ただ、その子を見ていると、私はなぜか胸騒ぎが治まらなかった。
(あの姿は……)
 私は着替えると港へと向かった。
 もし藍に友達ができたのなら、それは嬉しいことだ。
 でも、なぜかその少女の姿を見ていると、私の心臓は締め付けられた。
 港町に着てからは、発作の数も少なくなってきていたものの、私の心臓は未だに爆弾を抱えている状態だ。
 私はそれも忘れて、半ば急ぎ足になっていた。
 港に着くと、そこには藍以外、誰の姿もなかった。
「藍、さっきまで誰と遊んでいたの?」
「カモメたちと遊びながら、おねぇちゃんが来るのを待っていたんだょ」
 それはおかしい。
 藍は確かに、誰かと遊んでいたはずだ。
「それより、おねぇちゃん。はやく遊ぼうよ」
 藍がそう言うので、私はそのまま藍と遊ぶことにした。
 浜辺で昨日のあの子達が来るのを待った。
 でも、お昼近くになっても、あの子達が来ることはなかった。
 近くで、おばさんが二人、立ち話をしていた。
 会話の内容を耳にした私は、とても驚いた。
 それは、一学期をもって、この町の小学校が閉鎖されてしまったという話だった。
「すみません、そのお話し、私にも詳しく聞かせてくれませんか」
 私が話しに入ると、おばさん達はそのことについて詳しく教えてくれた。
「先月かしら、松凪さんの家が遠くに引っ越すことになって、閉鎖が最終的に決まったのよ」
「生方さん家の若いご夫婦は、これを期に隣町へ引っ越すそうよ。あの子達、本当に仲がよかったのにねぇ。昨日が最後の日だったそうじゃないの」
「松凪さんの方は、ご両親の離婚が原因らしいわよ」
 それを聞いて、私はただその場に立ち尽くすだけだった。
 私が力ない足取りで戻ると、藍は浜辺で虹色の貝を探し続けていた。
 あの子達にお返しをするためだ。
「来ないね」
 藍が心配そうに言った。
「いくら待っても、もうあの二人は来ないわ」
「え?」
「もう、あの子達はここへは来ないの」
「そんな……せっかく仲良くなったのに……」
 藍はとても寂しがった。
 それもそうだ。私以外で、この村で初めて出来た同年代の遊び相手だったろう。
 まだ幼い彼女にとっては、あまりにも悲しい出来事だった。
 でも、私は藍といてあげられる。
 藍にはまだ私がいる。
「そうだ! ねぇ、藍。また、あの場所へ行こうか」
 だから、私は提案した。
 あの場所は、私と藍だけの秘密の場所だ。
「うん!」
 それで藍は少しだけ元気を取り戻してくれた。
 私は藍の手を取って、砂浜を歩き出した。


 それから数日が経ち、私は久しぶりに学校へ行った。
 といっても、学校は既に夏休みに入っていた。
 教室には私一人だけだった。
 その日は雨が降っていて、空と海は藍色に染まっていた。
「蒼崎さん、困るよ。こんなに学校を休んでもらっちゃ」
 教卓から、私をそうたしなめたのは、担任の女性教師だった。
 今日は担任に、夏休みの補修に呼び出されたのだ。
「たしかに、成績はトップかもしれないけれど、あなたがちゃんと出席をしてくれないと、この学校も閉鎖されることになってしまうの」
 女性教師が言うことは、私にはまったく関係のないことだった。
 ただ、私は都会から田舎へ生徒を呼び込むプログラムを利用して、転校してきた生徒だった。
 過疎化が進む田舎では、そうした学生募集で廃校を避けているところも多い。
 教師が言いたいことも私には理解できた。
「とにかく、休みの間は出られるだけ、顔を出してください」
 私は遠くを見たまま、先日、見たあの不思議な子供のことを考えていた。
 小学校が閉鎖をされたということは、他に子供がいないということだ。
 でも、あの子供はこの町の子供のはずだ。
 藍と同じ不登校児童が他にもいるのだろうか。
 この町に、たまたま旅行で来ている子供にしては、両親の姿も見えなかったし、第一に、この町に観光するようなところもない。
 どこかの家の親戚が訪ねてきたのだとしても、お盆にはまだ早い。
 そんなことを考えていた私の目に、学校の校庭に立っている小さな人影が目に入った。
「藍?」
 あの子、いったいどうしたんだろうか。
「ちょっと、蒼崎さん!」
 私は担任の制止を無視して教室を飛び出すと、校庭へと向かった。
 どうして彼女がここにいるのだろう。
 あの港町からここまではバスで三十分もかかる。
 私は雨でぬかるんだ校庭を踏みしめながら、傘もささずに佇んでいた藍に駆け寄った。
「藍、どうしてここにいるの?」
「……」
 藍の様子から、ただ事ではないと思った。
 彼女が答えるまで、雨の音だけがしばらく響き渡っていた。
「おねぇちゃん……おばあちゃんが、死んじゃった……」
 藍は泣いていた。
 ずぶ濡れでわかりにくかったが、藍を濡らしていたのは雨だけではなかった。
 私は嗚咽を漏らす藍を抱きしめると、その後、学校を抜け出し、彼女を連れて老婆の家へと向かった。
 老婆の死は、誰もが予想していた。
 でも、それがこんなにすぐだとは思わなかった。
 私が現れる前まで、藍にとっては唯一の保護者であったはずだ。
 その存在が失われてしまったとなると、藍はさぞかし辛いことだろう。